少女の心は大きく揺れ動きます
「神馬」（竹西寛子）
（「教科書名短篇 少年時代」）中公文庫
「神馬」（竹西寛子）
（「神馬/湖 竹西寛子精選作品集」）
中公文庫
島の神社にある厩舎には
一頭の神馬がいた。
少女がはじめて
この馬を見たとき、
神馬は優しい大きな目を
伏せるようにして、
海に向かったまま
じっと佇んでいた。
少女が二度目、
三度目に接したとき、
少女は悲しい気持ちになった…。
わずか9ページの短編小説です。
それも少女が三度
神馬(じんめ)を見に訪れたことが
書かれてあるだけなのです。
大きな事件が起きるわけではないのに、
少女の心は大きく揺れ動きます。
その描写が秀逸で、
何度も読み返してしまいました。
少女と神馬の一度目の出会い。
灰色の毛の神馬を見て、
少女は石鹸で洗えば
もっと白くなるのではと
母親に尋ねます。
生まれつきかも知れないという
母親の返答に、
「はじめて自分の言ったことに
どきりとした」。
少女は神馬を文字通り
神に仕える馬と認識しています。
だから灰色の毛色を見て、
もっと白くあるべきと
考えたのでしょう。
母親の一言で、
それが偏見かも知れないと気づき、
どきりとしたと考えられます。
二度目の出会い。
中年の男が神馬に餌を与えた後、
神馬は男のかけ声に
応えるように厩舎を回ります。
それを見ていた少女は、
「自分が非常に悲しい気分に
なっていることに気づいた」。
神に仕えるはずの神馬が、
人間に媚を売るように
｢お廻り｣をしていることへの驚き。
そして神馬を服従させたような
振る舞いをする人間を
目の当たりにしたことへのおののき。
それらが少女の悲しみを
喚起したのでしょう。
三度目の出会い。
少女は神馬に人参を与えます。
「はじめてただの見物人では
なくなったことに満足した」。
しかし声を
かけられなかったにもかかわらず
｢お廻り｣を始めた神馬を見て、
「神馬と一緒に居たこれまでの
どの時よりも
不仕合わせになっている
自分に気づいた」。
以前見た男と同じことを自分は今、
神馬にしてしまったという
言いようのない悔恨の情。
畏敬すべき生命に対して
冒涜をしでかしたような気持ちを、
少女は全身で
感じているのではないかと推察します。
少女の心の揺れはその後も続き、
そしてそれは
ますます大きくなることを示し、
本作品は幕を閉じます。
「唯ひとときの不仕合わせなどと
言えるものではなくて、
人の生きのびる限りつづく
気重さであり、
後ろめたさであろうと気づくのは、
またずっと後のことであった。」
※｢それではまだ読みが浅い｣と
高校の国語の先生に叱られるのを
覚悟で取り上げました。
竹西寛子による
本当に素晴らしい短編小説です。
※「神馬」（竹西寛子）② もどうぞ
〔｢教科書名短篇少年時代｣収録作品〕
少年の日の思い出 ヘルマン･ヘッセ
胡桃割り 永井龍男
晩夏 井上靖
子どもたち 長谷川四郎
サアカスの馬 安岡章太郎
童謡 吉行淳之介
神馬 竹西寛子
夏の葬列 山川方夫
盆土産 三浦哲郎
幼年時代 柏原兵三
あこがれ 阿部昭
故郷 魯迅
〔｢神馬/湖 竹西寛子精選作品集｣〕
Ⅰ(小説)
兵隊宿
虚無僧
蘭
春
迎え火
降ってきた鳥
湖
花の下
鶴
神馬
霊烏
鮎の川
儀式
Ⅱ(随筆)
旅
虹
春秋
広島が言わせる言葉
愛するという言葉
時計
神秘
時の縄
（2019.9.24）
【関連記事:竹西寛子の作品】
【今日のさらにお薦め3作品】
【教科書名短篇はいかがですか】
【竹西寛子の本はいかがですか】
