「運」(芥川龍之介)

「人としての尊厳」と「物質的豊かさ」

「運」(芥川龍之介)
(「羅生門・鼻」)新潮文庫

「観音様は本当に
運を授けるのか」という
青侍の問いに翁が答えたのは
ある娘の話。
親に死なれ独りとなった娘が、
「安楽に暮らせますように」という
願をかけた。
すると「帰り道で出会う男の
言うことを聞け」と
お告げがあったという…。

娘はどうなったか?
娘は出会った男に手籠めにされ、
男の隠れ家に監禁されます。
翌日、男が外出した間に
棲み家の奥を見てみると、
財宝とともに
怪しげな老婆が一人。
つまり男は盗賊で老婆は見張り。
娘は老婆を殺して逃げ出します。
まもなく男が役人に捕らえられ、
娘は手にした財宝で
何不自由ない暮らしを
することができたというものです。

芥川得意の
いわゆる「王朝物」の一つであり、
今昔物語から材を取った
短篇作品です。
表題の示すとおり、
「運」についての考え方の相違を、
若い青侍と陶器師の翁との
やり取りから
浮かび上がらせています。

捕らえられた男の姿を目にして
涙が込み上げたという
娘の話を聞き、
「観音様へ願をかけるのも
考え物だ」と考える翁。
たった一晩の色事で
物盗りに情を通わせてしまう
女の浅ましさを
取り上げてのことです。
事故とはいえ老婆を殺めた上、
心すら盗人と同等まで
成り下がったのですから、
娘は人としての尊厳を
失ったと言っていいでしょう。

裕福な暮らしをしている
娘のその後を聞き、
「その女は仕合わせ者だよ」と
答える青侍。
乱暴されても人殺しになっても、
結果として金持ちになったのなら
かまわないではないかという、
「物質的豊かさ」を
追求する考え方です。

「人としての尊厳」と
「物質的豊かさ」の
どちらを第一義として考えるか。
それが食い違っているのは、
青侍と翁の、それまで歩んできた
人生の経験値の大きさに
よるものかもしれません。
しかし、「人としての尊厳」を、
品位を重んじるべき侍が無視し、
地位のない翁が重い価値を置く。
「物質的豊かさ」を、
生活の保障された侍が
さらにそれを求め、
財のない翁が度外視する。
ここが本作品の
考えるべき点だと思うのです。

平安の昔のことではなく、
昭和初期の事情でもなく、
現代も同様の光景が見られます。
政治家の汚職のニュースを
目にするたびに、
世の中にこの「青侍」の
何と多いことかと嘆息してしまいます。

芥川の初期の傑作短篇、
味わうべき点の多い作品です。

(2019.9.25)

【青空文庫】
「運」(芥川龍之介)

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