「赤西蠣太」(志賀直哉)②

赤西蠣太は本名?偽名?それとも…コードネーム!

「赤西蠣太」(志賀直哉)
(「小僧の神様・城の崎にて」)新潮文庫

前回、本作品を取り上げ、
「謎の多い作品」と書きました。
謎の一つが、なぜ
「志賀版サザエさん」ともいえるような
人物名を設定したかということです。

密偵として潜入捜査をしていた
赤西蠣太と銀鮫鱒次郎について、
作品終末で
次のような記述があります。
「事件が終ってから
 蠣太は本名にかえって、
 同じく変名していた
 鱒次郎をたずねて見たが…」

私はずっと二人が
「蠣太」「鱒次郎」という偽名を
使っていたものと
思い込んでいました。
ところが再読を重ねて、
あることに気付きました。

蠣太と鱒次郎の会話の中には、
お互いの名前を呼び合う
場面はないのです。
小江からの返書にも
蠣太の名前は記載されていません。
つまり、
「蠣太」「鱒次郎」は
偽名ではなく本名であって、
彼等が偽名として
別の名前を名乗っていた
可能性もあるのです。
(ちなみに「安甲」と「小江」は
会話の中に登場するため
本名と判断できます。)

ここでもう一度、
主要人物の「名前」を考えてみます。
「蠣太」の場合、
外観の見栄えの悪さと中身の味の濃さが
キャラクターと合致しています。
また、カキは船底に
付着することもあるので、
密偵という役柄からとも
通じるものがあります。
「小江」は蠣太の行動の本意が
わからなかったものの、
何かあると直感し、
蠣太からの偽艶書を
証拠隠滅のために焼き捨てます。
その上で取り調べにはありのまま答え、
蠣太の隠密行動に
気付かなかったふりをするのです。
その姿勢は棘のある固い殻を持つ
栄螺を連想させます。
「銀鮫鱒次郎」は、
目的達成のために
暗殺さえいとわない
非情さがサメにつながり、
敵か味方か
判別が難しいところがマス
(サケと区別が曖昧)なのでしょうか。

昨日も書きましたが、
伊達騒動という
史実をもとにしたシリアスな作品を、
志賀直哉はなぜ
ユーモアのオブラートで
くるまなければ
ならなかったのでしょう?

本作品は次の一節で幕を閉じます。
「最後に蠣太と小江との恋が
 どうなったかが書けるといいが、
 昔の事で今は調べられない。
 それはわからず了いである。」

志賀の描きたかったものが
史実とそこに現れる
人間模様などではなく、
単純に蠣太の恋愛譚なのだとしたら、
魚介類にちなんだ登場人物名は、
単なるコードネームに
過ぎないのかもしれません。
いずれにしても、
やはり謎の多い作品です。

※2014年に、
 新潮文庫創刊100年を記念して、
 「日本文学100年の名作」という
 企画もののアンソロジーが
 出版されています。
 1914年から2013年に発表された
 短篇作品150篇あまりが
 全10巻に収められているのですが、
 志賀直哉作品は
 それに選ばれていません。
 本作品あたりが収録されて
 しかるべきなのですが…。

(2019.10.8)

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