「若きウェルテルの悩み」(ゲーテ)②

250年前に創られた、この緻密な筋書き

「若きウェルテルの悩み」
(ゲーテ/高橋義孝訳)新潮文庫

前回はウェルテルの立場から、
描かれている悲劇について
考えました。
視点をロッテに移したとき、
また違ったものが見えてきます。

ロッテは女性として完璧すぎたのです。
美しいだけでなく、愛情あふれ、
人間的にも成熟しています。
母親を亡くした後、父親を支え、
弟妹の面倒を見、アルベルトと過ごす。
つまり娘であり母であり妻である。
そのいずれも
見事にこなしているのです。
女性としては非の打ち所がありません。
そのためウェルテルの周囲に
ロッテ以上の女性を見いだすのは
困難なのです。

では何が悲劇を招いたか?
それはロッテもウェルテルを
愛していたこと。これが
ウェルテルの死を避けられないものに
したのではないかと考えます。

母親を失ったロッテの心には
隙間が2つあったと考えます。
「安定した生活」と「心の充足」です。
だから埋めるピースも
2つ必要なのです。
両方満たす男性が
いればよかったのです。

アルベルトがそうであれば、
ロッテはウェルテルに
興味を示さなかった可能性があります。
彼はロッテに
「安定」はもたらしたけれども、
ウェルテルほどの
豊かな感性を持ち得なかった。
だからロッテの心の隙間は
知らず知らずのうちに
ウェルテルをも求め、
彼の愛情をきっぱりと
断ることができなかったのでしょう。

ウェルテルは残念ながら
「安定」を与えるには
地位も経済力もありませんでした。
ウェルテルもまたアルベルト同様、
両方を満たす男性
たり得なかったのです。
ロッテにとっては
安定した生活が優先されたのです。
母親を失った彼女にしてみれば、
アルベルトという支えがが
どうしても必要だったはずです。

もしアルベルトが
感性豊かであれば…。
もしウェルテルに
経済的な余裕があれば…。
もしウェルテルが
社会的な地位を獲得していたら…。
もしロッテの母親が生きていて、
彼女に自由な恋愛が可能であったら…。
悲劇を回避する方法を考えていくと、
むなしい想像にしか辿り着きません。
作者ゲーテの創り上げた全ての状況が、
悲劇を不可避とし、
ウェルテルを死へと導いているのです。

250年前に創られた、この緻密な筋書き。
読むたびに新しい発見があります。
10年後にもう一度読んだとき、
次はどんなことが
心に突き刺さってくるのか。
名作は、だから名作なのです。

(2019.10.10)

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