「あらしのよるにⅡ・Ⅲ」(きむらゆういち)

ただふたつの生き物の姿だった。

「あらしのよるにⅡ」
「あらしのよるにⅢ」
(きむらゆういち)講談社文庫

本能を乗り越えて
秘密の友だちとなった
ガブとメイ。
しかし、オオカミとヤギ、
それぞれの仲間が
2匹を許すはずがなかった。
裏切り者として
仲間に追われる2匹は、
生き延びるために、
東の空に横たわる
雪山の向こうへと
歩き始める…。

ご存じ名作絵本「あらしのよるに」の
文庫版全3巻のⅡとⅢです。
食べるものと食べられるものという
立場を乗り越えた
友情を描いた作品です。
冷めた見方をしてしまえば、
「有り得ない」で
終わってしまうのでしょう。

本作品は、さらにそこに踏み込んで
展開しています。
本来交わることのできないものどうしの
交流の結果として、
当然起こりうる仲間からの疑義の視線。
さらに
当然起こりうる仲間からの迫害と逃避。
その間に
当然起こりうる相手への疑いの芽生え。
作者・きむらゆういちは
それらに丁寧に向き合い、
一つの解答を示しているのです。

雪山の吹雪の中で一度は
離ればなれになってしまった
ガブとメイは、
最終話、春の山の中で再会します。
しかし、記憶を失ったガブの眼には
メイは食糧としか映りませんでした。
悲嘆したメイのつぶやいた言葉
「あのあらしのよるに
 出会わなければよかった」

ガブは全てを思い出します。

交わりがたい異なるものどうしが
一つになるためには、
「嵐」を乗り越えることが
必要になるのかもしれません。
だとすれば、私たち人間は、
お互いの違いを乗り越えて
一つになれるのだろうか、
いやそれ以前に
一つになろうとしているのだろうか。
そのためには
どんな「嵐」が必要なのだろうか。
お互いの存在を脅かすような「嵐」とは
何が考えられるのだろうか。
Ⅰを読んだ後にも書きましたが、
やはりいろいろなことを
考えてしまいます。

「月の中に映ったその影は、
 もう、オオカミでもヤギでもなく、
 ただふたつの生き物の姿だった。
 月は静かに、空高く上っていった。」

静かな、しかし
胸に響き渡る余韻を確かに残して、
全ての物語が閉じられます。

本作品は、この2つの生物に
何を重ね合わせるかによって
見えるものが違ってきます。
友好の足がかりが
できたと思ったのもつかの間、
再びぎくしゃくし始めた
ある二国間関係を
連想してしまいました。
人と人とが分かり合うのでさえ、
これだけ困難が伴うのです。
ましてやオオカミとヤギでは…、
いや、だからこそ、
本書を読む価値があるのでしょう。

※映画版もアニメ版も見ていません。
 それらのイラストを見る限り、
 オオカミは大きな男、
 ヤギはいたいけな女の子の印象です。
 限定されたイメージが
 固定されることが心配です。
 これだけ幅広く
 思考を展開させることのできる
 作品ですので。

(2019.11.6)

Greg BiererによるPixabayからの画像

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