「老人のための残酷童話」(倉橋由美子)②

自ら納得して「死」に進んだ結果なのです

「老人のための残酷童話」
(倉橋由美子)講談社文庫

元判事の老人は引退後、
役所の臨時の仕事に
従事していた。
しかし、その詳細は
妻も知らなかった。
いよいよ正式採用になる前の夜、
老人は心臓発作で死亡する。
そのままにせよという
遺言通りにしたところ、
老人は息を吹き返す…。
(「閻羅長官」)

前回取り上げた倉橋由美子の怪作、
全10篇の表題一覧を再び。
①ある老人の図書館
②姥捨山異聞
③子を欲しがる老女
④天の川
⑤水妖女
⑥閻羅長官
⑦犬の哲学者
⑧臓器回収大作戦
⑨老いらくの恋
⑩地獄めぐり

乞食暮らしの老人がいた。
彼は公衆の面前で
自慰や性交を行ったために
周囲の顰蹙を買っていたが、
知恵者であるとも
認識されていた。
そのため彼は「犬の哲学者」と
呼ばれていた。
ある日、彼は
老女の亡霊と出会い、
意気投合する…。
(「犬の哲学者」)

醜悪な表面の奥に描かれている
「欲」(生き方)について書きましたが、
今回は「死」(死に方)について
考えてみます。

臓器を抜き取られる殺人事件が
連続して発生、
被害者はすべて臓器移植によって
生き延びた人間であり、
その臓器のみが
奪い取られていた。
密かに違法脳移植を
予定していた大統領は
不安に駆られる。
そして冥界の執行官たちは…。
(「臓器回収大作戦」)

①では、必要としている知識を
すべて吸収した老人が、
一枚の薄い印刷物となって
発見されました。
②では、息子を食い殺した老婆は、
嫁に逆襲されてあえなく絶命します。
③では、念願叶って懐妊した老女が、
身ごもった子ども(らしきもの)に
腹を破られて命を落とします。
④では、恋の熱も冷めた牽牛が、
静かに燃え尽きます。
⑤では、老女はやがて大量の水となり、
その生を終えました。

自由奔放で奇行の多い老師が
出会った美女・倩は、
不思議な力を持っていた。
老師は倩と交わりながら
悟りを開いていくが、
弟子の僧の一部は
老師を見限っていった。
ある日老師は、
この世を去る予定であることを
弟子たちに伝える…。
(「老いらくの恋」)

⑥では、冥界での任務に就くために、
現世での死を望むのですが、
叶えられない気配です。
⑦では、自ら呼吸を止めた老人ですが、
その遺体は犬同様に皮に捨てられます。
⑧では、密かに脳移植を終えた大統領が、
無残にもその脳を抜き取られます。
⑨では、老師は裸で禅を組み
倩女と交わったまま入仏します。
⑩では、地獄巡りをした老夫婦が
入獄を予約するのですが、
自分の意に反しての
「あの世行き」となります。

地獄観光に出かけた老夫婦は、
ニーズに合わせた
各種地獄を見学する。
ツアー業者からしきりに
入獄予約を進められた
老夫婦だったが、
その場では断った。
数日後、契約履行のために
業者が訪れる。
妻が勝手に
申し込んでいたのだが…。
(「地獄めぐり」)

死に方は綺麗ではないかも知れません。
しかしその死は、
自ら望んだ「生」の延長線上にあり、
したがって自ら納得して
「死」に進んだ結果なのです。
表面上は全話が「死」を取り扱った
「残酷」な筋書きなのですが、
同時にすべてが「生」を生ききった
「童話」なのです。

「生」と「死」は対極にあるのではなく、
緩やかに、しかし
確実につながっているものだと
再認識させられる短篇集です。
それは書きたいことを
書き続けてきた作家が、
老いを迎えた末に辿り着いた
境地なのかも知れません。

※ネット等の書評や感想を見る限り、
 倉橋の過去の作品と比較して
 否定的な見解が散見されます。
 しかし、「生」と「死」に
 正直に対峙したこの作品が、
 私は気に入りました。

(2019.11.23)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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