
異母姉弟の二人が浮かび上がらせる「悲しみ」
「7’s blood」(瀬尾まいこ)
(「卵の緒」)新潮文庫
高校三年生の「私」は、
小学生の母違いの弟・七生と
二人きりの生活を
送ることになる。
父親はすでに他界し、
七生の母親は事件を起こして
警察に拘留され、
一方の「私」の母は
入院してしまったからだ。
ギクシャクしながらも
姉弟二人は…。
以前取り上げた
「卵の緒」に併録されている、
瀬尾まいこの作品です。
併録といっても、こちらの方が
「卵の緒」よりも分量が多く、
読み応えがあります。
主人公「私」、
そして一緒に生活する異母弟・七生、
その二人が浮かび上がらせる
「悲しみ」こそ、
本作品の味わいどころとなっています。
〔主要登場人物〕
「私」(里村七子)
…語り手。高校三年生。
異母弟と一緒に生活することになる。
山本七生
…「私」の異母弟。
母親が傷害事件で警察に逮捕される。
「母さん」
…「私」の母親。身寄りのない七生を、
亡夫の愛人の子でありながら
引き取る。直後に入院する。
野沢
…「私」の恋人。
大学進学のため受験勉強中。
島津…「私」の同級生。
本作品の味わいどころ①
悲しみに気づくのが遅い「私」
高校三年生の姉と小学校六年生の弟の
二人の生活となると、
姉が弟の面倒を見るのが
一般的にイメージされる
姿ではないかと思います。
当然創作の中の世界です、
そんな単純なものにはなっていません。
姉である「私」(七子)は、
不器用でいい加減で鈍感です。
朝は寝坊し、
七生に起こされて登校する。
自分が食事当番の日は
かなりの確率でカレーでごまかす。
なんともずぼらな女子高生です
(それが普通かもしれませんが)。
母親が入院、
そしてあっという間に亡くなる、
その中でも彼女は
ひどく落ち込むのでもなく、
持ち前の鈍感力を発揮して
生活していくのです。
しかし悲しまないのではありません。
ぶっきらぼうなその振る舞いの端々に、
彼女の感じている悲しみが、
彼女の内にある優しさとともに
にじみ出てきているのです。
悲しみに気づくのが遅い「私」の、
痛々しいながらも健気な姿こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
悲しみを巧妙に隠し通す七生
一方で、小学校六年生の七生の姿は
立派すぎます。
子どもっぽくありません。
それについては「私」も早々に感じます。
それが二人の間の
ギクシャクのもととなっていたのです。
しかしその立派すぎる振る舞いは、
自らの悲しみを
上手に隠した結果であり、
生きていくため必要に迫られた
悲しい習性であることが語られます。
小学校六年生という
まだまだ子どもの時期に、
無邪気なままでいることを許されず、
周囲の大人たちに気に入られるように
振る舞わなければならない
七生のその姿こそ
「悲しみ」そのものなのでしょう。
この、
悲しみを巧妙に隠し通しながらも、
それ自体が「悲しみ」を感じさせる
七生の姿こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
二人が伝えるビターな悲しみ
そんな二人の生活です。
ところどころに珍妙な行動が
描かれるのですが、
それが不思議な感動を呼び起こします。
七生が「私」に渡しそびれて
四日間たってしまった
バースデー・ケーキを、
二人で泣きながら
無理して食べる場面は、
気が利いているようで気の弱い
七生の一面と、
不器用でありながらも
湧き出る気持ちを止められない「私」の
優しい側面が、
見事に合致した瞬間です。
パジャマのまま深夜の町を
「旅行」する場面は、
それまで甘えたくても甘えられなかった
七生の子どもらしさと、
すべては自分の力で解決してきた
「私」の強さが、
鮮やかなコントラストを描いて
迫ってきます。
そしてそのすべてから、
未成年二人が感じている「悲しみ」が
ひしひしと読み手に伝わってくる
しくみとなっているのです。
この、小さな「事件」を通して
二人が伝える、
二人のビターな悲しみこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
最後の別れに際して、
お互いに髪を切り合う場面もまた
涙を誘います。
「未来もこの次もない。だけど、
私たちにはわずかな記憶と
確かな繋がりがある」。
作者は物語をこう結んでいます。
家族って何だろう、
血の繋がりって何だろう、と
考えさせられる作品です。
「卵の緒」とともに、
中学生に薦めたい一冊です。
(2019.12.17)
〔本書併録作品〕
「卵の緒」

小学生の「僕」は
自分が捨て子かもしれないと
思い続ける。
父親のこともわからず、
「へその緒」もうまく
ごまかされてしまったからだ。
一方、「母さん」は
職場の同僚・朝井さんの話を
繰り返し「僕」に聞かせる。
どうやら気があるらしい…。
〔関連記事:瀬尾まいこの作品〕
「あと少し、もう少し」
「図書館の神様」
「幸福な食卓」
「雲行き」
「僕の明日を照らして」
「そして、バトンは渡された」

〔瀬尾まいこの本はいかがですか〕

【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】







