「幇間」(谷崎潤一郎)

これぞProfessonalです

「幇間」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅠ」)中公文庫

「幇間」(谷崎潤一郎)
(「刺青・秘密」)新潮文庫

もと兜町の相場師・三平は、
放蕩三昧の末、
太鼓持ちの弟子入りをして、
とうとう念願の幇間となる。
人柄の良い彼は
めきめき贔屓を拵え、
その業界でも
指折りの存在となる。
ある日、
三平が芸者・梅に惚れている
ことを知った周囲は…。

「幇間」とは、
「宴席やお座敷などの酒席において
主や客の機嫌をとり、自ら芸を見せ、
さらに芸者・舞妓を助けて
場を盛り上げる職業」。
決して立派なものとは言えません。
梅に惚れた三平に対して
周囲はどういう行動を取ったか?

梅が三平を誘い出し、
十分に飲ませて催眠術にかける。
みんなはその後で座敷に現れる。
しまいには服をすべて脱がせ、
「云うに忍びないような事」をさせる。
三平を酔いつぶしたまま放置し、
引き揚げる。
翌朝、梅はいかにも
昨晩何かあったような言動で
三平を担ぐ。
醜いいじめのような筋書きであり、
初読の際は不快感を催しました。

でも、三平はすべて見通していて、
あえて術にかかったふりをし続け、
されるがままになっているのです。
そしてだまされたことに
まったく気付いていないふりを
周囲に対して通すのです。
なぜ彼はそこまでするのか。
男としての、
人間としてのプライドはないのか。
二度目に読んだときは
怒りさえ覚えました。

最後の一文に鍵が隠されてあります。
三平を担いだ張本人の「榊原の旦那」
(この人物が三平に
幇間となることを勧めた)に、
「お前もなかなか色男だな」と
馬鹿にされた三平の応対。
「『えへへへへ』と、三平は
 卑しいProfessionalな
 笑い方をして、
 扇子でぽんと額を打ちました。」

たった一語だけの横文字。
三平は幇間としての
プロの道を究めていたと
見るべきでしょう。
自分を犠牲にしても、人を楽しませる。
これぞProfessonalです。

冒頭にもう一つの鍵が隠されてあります。
日露戦争が奇蹟の勝利に終わり、
国威発揚が叫ばれていた時代です。
「国力発展の名の下に、
 いろいろの企業が続々と勃興して、
 新華族も出来れば成金も出来るし、
 世間一体が何となく
 お祭りのように景気附いて居た
 四十年の四月の半ば頃の事でした。」

みんなが前へ前へと
いきり立っていた時代。
その中にあって
新華族でもなく成金でもなく、
自分をおとしめて人を楽しませる。
これぞProfessonalです。

谷崎特有のマゾヒズムが
溢れ出ているのですが、
「Professionとは何か」
考えさせられるものがあります。
Professionの希少になった時代に
再評価されるべき作品です。

(2019.12.27)

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