「雪女」(和田芳恵)

この感覚の、淡いながらも何という鮮烈さ

「雪女」(和田芳恵)
(「百年文庫027 店」)ポプラ社

「百年文庫027 店」ポプラ社

足の不自由な仙一は親元を離れ、
印章店に弟子入りする。
二年が経った正月に、
仙一は暇をもらって里帰りする。
仙一は幼なじみの
さん子を連れて寺へ行く。
さん子との結婚と
家を出て養子になることを、
和尚に相談するために…。

文学作品で「雪女」といえば
小泉八雲「怪談」
思いうかべてしまいますが、
こちらの「雪女」は
ほのぼのと温かい掌編です。
実に淡々と書かれてある本作品は、
大きな起伏があるわけでなく、
事件が起こるわけでもありません。
また伏線も張られず、
仙一の事情が後付けのように現れます。
今日の小説からすれば、
筋書きも展開も
きわめて刺激に乏しいと
感じられるかも知れません。でも、
若く清純な二人の姿を描いた本作品は、
心にじわじわと染み込んでくるような
味わいがあるのです。

今日のオススメ!

仙一は決して
恵まれた環境ではありません。
むしろ不幸といえるでしょう。
実の父親が事業で失敗し夜逃げをする。
自身は足が不自由になる。
親元を離れて
住み込みの修業に出される。
でもそうしたことに
一つ一つ折り合いをつけながら、
仙一は生きているのです。
そして現在の父親と
血のつながっていない自分は家を出て、
印章店の夫婦の養子になる。
家は弟が継ぐのが妥当だ。
自分にふり返る運命の全てを受け入れ、
仙一は生きているのです。
仙一のそうした地道で誠実な生き方が、
読み手の心に静かに浸透してきます。

最も心に残るのは、
二人が結婚の約束をしたあとの、
最後の場面です。
無邪気に雪の上にかぶさるように
倒れるさん子。
そこにできたさん子の雪の顔型に
自らの顔を押しつける仙一。
お互いの恋愛感情を表現する手段として
こんなにも純朴な方法が
他にあったでしょうか。
二人の姿が、雪に反射した朝日のように
眩しく映えます。
「雪に顔を埋めると
 冷めたかったが、
 雪から離れるとほてった。」

さん子と将来を約束した
仙一の心の「ほてり」は、
まさに「雪から離れ」たときの
爽やかな「ほてり」なのです。

熱くはありません。
しかし冷たくは決してないのです。
「ほてり」、この感覚の、淡いながらも
何という鮮烈さでしょうか。

明治生まれの遅咲きの作家・和田芳恵
(女性ではなく男性です)による
珠玉ともいえる掌編作品。
ぜひご一読ください。

〔関連記事:和田芳恵の作品〕

和田芳恵が評価され始めたのは
 昭和40年代。
 しかし昭和52年には逝去。
 現在講談社文芸文庫から
 いくつか出版されている程度です。
 埋もれさせるには
 惜しい作家の一人です。
 このあともいくつか取り上げて
 いきたいと思っています。

〔「百年文庫027 店」収録作品〕

(2020.3.9)

image

【和田芳恵の本はいかがですか】
※すべてKindleです。

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA