「青年と死」(芥川龍之介)

その瞬間から「死」を見つめていた芥川龍之介

「青年と死」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集1」)ちくま文庫

後宮に姿の見えない男が現れ、
夜な夜な女たちと交わり、
何人もの妃が
妊娠しているのだという。
困り果てた宦官たちは
一計を案じ、後宮の床に
砂を敷き詰めることを試みる。
やがて夜となり、兵卒たちは
砂についた足跡を見つけ…。

大正3年に発表された、
芥川龍之介の第2作となります。
後の作品同様、
今昔物語から題材を得て書き上げた、
全七場の戯曲です。
粗筋の一節は第五場にあたります。
透明人間になって後宮へ忍び込み、
足跡を手掛かりに斬り殺されるが、
一人は助かる、という筋書きは
共通ですが、では、異なる点はどこか?
芥川が施した大きな脚色は、
後宮侵入の前後に挿入される
二つの場面です。
AとB(この二人は侵入者)の
「死」についての問答、
そして二人に男(死神か?)を加えた
三者のやりとりの場面です。

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「己は死だ」と名乗った男を
死に神と見抜いたAは、
覚悟を決めます。
「己はお前を待っていた。
 さあ己の命をとってくれ。」

それに対してBは、
「己はお前なぞ待ってはいない。
 己は生きたいのだ。
 どうか己にもう少し
 己の生活を楽ませてくれ。」

Bは絶命し、
Aは男によって「大きな世界」へと
導かれていきます。
この場面が第六場です。

その前段として、第三場には
次のようなやりとりが綴られています。
B「それは明日にも
  死ぬかもわからないさ。
  けれどもそんな事を
  心配していたら、
  何一つ面白い事は
  出来なくなってしまうぜ。」
A「それは間違っているだろう。
  死を予想しない快楽ぐらい、
  無意味なものは
  ないじゃあないか。」

AとBの違いは、
平素から「死」を意識していた(A)か、
意識していなかった(B)か、なのです。
死を直視し、
死を願いさえしていたAは死神に許され、
死から目を背けていたBは
命を奪い取られる。
ここに若き日の芥川の
死生観が表れているといえるでしょう。

さて、処女作が「老年」
そして第二作が「青年と死」。
作家として歩み始めたその瞬間から
「死」を見つめていた芥川龍之介。
しかし彼自身は、
本作発表のわずか13年後には
死神に魅入られてしまいます。
本作のAのようにはいきませんでした。

いや、もしかしたら芥川の死は、
本作のように死神が彼の魂を
「大きな世界」へ
連れ出したということでしょうか。
だとすればAは
芥川自身ということになります。
果たして芥川の魂は、
今いずこを彷徨っているのか。

(2020.6.16)

Karin HenselerによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「青年と死」(芥川龍之介)

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