「青いガーネット」(ドイル)

冴え渡るホームズの探偵としての魅力

「青いガーネット」
(「シャーロック・ホームズの冒険」)
(ドイル/日暮雅通訳)光文社文庫

「シャーロック・ホームズの冒険」

クリスマスの朝、
喧嘩の現場で拾ったという
帽子とガチョウを
ホームズのもとに届けてきた
ピータースン。
ガチョウは彼のものとなったが、
その餌袋の中には、
モーカー伯爵夫人の家から
盗まれた宝石「青いガーネット」が
入っていた…。

「犯罪とは関係ないんだよ」と、
冒頭でワトスンに語った
ホームズでしたが、
ピータースンから預かった二つは、
見事に犯罪に関わっていました。
ドイル
シャーロック・ホームズシリーズの
7番目に発表された短篇作品です。
ガチョウの内臓の中から
いわく付きの宝石が出てきたという、
突拍子もない事件の謎を、
ホームズがいつものごとく
スピーディに解決していきます。

〔主要登場人物〕
シャーロック・ホームズ

…探偵コンサルタント。
「わたし」(ジョン・H・ワトスン)
…語り手。医師(元軍医)。
 彼の仕事に同行する。
ピータースン
…便利屋。喧嘩の現場で当事者が
 置き去りにしたガチョウと帽子を
 ホームズへと届ける。
モーカー伯爵夫人
…宝石「青いガーネット」を盗まれる。
ジョン・ホーナー
…モーカー伯爵夫人邸での工事を
 請け負った鉛管工事人。
 容疑者として捕縛される。
キャサリン・キューザック
…伯爵夫人のメイド。
ウィンディゲイト
…パブ「アルファ・イン」の主人。
 ガチョウ・クラブをつくっている。
ブレッキンリッジ
…ウィンディゲイトが
 ガチョウを仕入れた卸屋の主人。
オークショット
…ブレッキンリッジに
 ガチョウを卸した農家。
ジェイムズ・ライダー
…ガチョウの足どりをたどっていた男。
ブラッドストリート警部
…スコットランドヤード所属の警部。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
冴え渡るホームズのプロファイリング

いつものように、というよりも、
いつも以上に、冒頭でのホームズの
プロファイリングが充実しています。
たった一つのくたびれた帽子から
持ち主の特徴を推察してしまいます。
「非常に知性のある男」
「三年ばかり前はかなり裕福だったが、
いまは落ちぶれている」
「もとは思慮深いタイプだったものの、
現在ではそれほどでもない」
「道義心もおとろえ」
「飲酒癖に染まってしまった」
「すわったままのことが多い」
「めったに外出せず」
「完全な運動不足」
「中年」
「髪には白いものが混じっている」
「二、三日前に散髪したばかり」
「ライム入りの
ヘアクリームを使っている」
「家にはガスが引かれていない」と、
たちどころにプロファイリングを
完了してしまうのですから驚きです。
なぜここまでわかるのか?
ぜひ読んで確かめてください。

恐らくは、まだ
シリーズ第7作目ということもあり、
ホームズの能力の高さを
知らしめるために
作者ドイルがわざわざ
とってつけたものに違いありません。
「こじつけなのでは?」などという
疑問をはさまず、
古びた帽子にそれだけのストーリーを
盛り込んだドイルの想像力の高さを
しっかりと味わうべきでしょう。

本作品の味わいどころ②
冴え渡るホームズの聞きこみ捜査術

ガチョウの内臓から出てきたのは、
明らかにモーカー伯爵夫人宅から
盗まれた「青いガーネット」。
では伯爵夫人宅からガチョウの胃袋まで
どのような経過をたどったのか?
それが本作品の肝となります。
ホームズは捜査を開始するのですが、
その一つ一つに
ちょっとした工夫を加え、
スピーディな調査を行っているのです。
整理すると以下のようになります。
①ガチョウの持ち主を捜索。
 →新聞広告を活用
②持ち主が盗難に関与しているか判断
 →質問内容に罠を仕掛ける
➂気難しい主人から聞き取り捜査
 →賭け好きな性格を見抜き、
  ギャンブル仕立てで聞き込む
 →うまく言いくるめて出荷台帳閲覧
④盗んだとおぼしき人物を尋問
 →強気な態度での心理的圧迫
こうしたホームズの
対人捜査テクニックこそ、
本作品の味わいどころの
一つとなっているのです。

本作品の味わいどころ➂
冴え渡るホームズの事件処理能力

瞬く間にホームズは
事件を解決するのですが、
最後の「処理」もまた
独特なものがあります。
警察に突き出したりはせず、
放置するのです。
いい加減な決着ではありません。
再犯をしないという
確証を得たからなのです。
「いま彼を刑務所に送ったら、
 また犯罪をくりかえして
 常習犯になってしまう」

おそらく彼が「非常に知性」があり、
「三年ばかり前はかなり裕福だったが、
いまは落ちぶれてい」て、それでも
「もとは思慮深いタイプだった」ことを
考慮してのことでしょう。
先ほど、
ホームズのプロファイリングについて
「わざわざとってつけたもの」と
記しましたが、実はしっかりと
結末に繋がっているのですから
ドイルの創作術は
見事としかいいようがありません。

さて、ガーネットと名のつく宝石で
青色のものは存在しないため、
この宝石の正体を巡っては、
スター・サファイア、
ブルー・ダイヤモンド、
緑色ガーネットなど、
諸説があるようです。
でも、未知の宝石と考えても
いいのかも知れません。
その方がロマンスがあります。

探偵ものには宝石がつきものです。
殺人事件の犯人を暴くのも
名探偵の大切な「仕事」ですが、
盗まれた宝石のありかを捜し当てるのも
名探偵の腕の見せ所です。
シャーロック・ホームズもまた、
いくつか
「盗まれた宝石探し」をしています。
私はまだホームズ・シリーズを
すべて読んではいませんが、
調べてみると
「六つのナポレオン像」
(「ホームズの生還」収録)、
「マザリンの宝石」
(「ホームズの事件簿」収録)などが
あるようです。
本書「シャーロック・ホームズの冒険」
収録作品にはもう一つ
「緑柱石の宝冠」もあります。

殺人事件ばかり扱う
日本の名探偵とは異なり、
その源流に位置する
シャーロック・ホームズは
様々な事件を解決する、
真の「名探偵」なのです。
その魅力を十分に味わいましょう。

〔関連記事:ホームズ・シリーズ〕

〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
注釈/解説
エッセイ「私のホーム」小林章夫

〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
ホームズ・シリーズは
いろいろな出版社から
新訳が登場しています。
私はこの光文社文庫版が一番好きです。

(2020.12.20)

Max HeckmannによるPixabayからの画像

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