「日本文学100年の名作第4巻 木の都」

たくましくも戦争と向き合ってきた日本文学

「日本文学100年の名作第4巻 木の都」
 新潮文庫

「木の都 織田作之助」
十年ぶりに
大阪の町を訪れた「私」。
何気なく入ったレコード店の
店主の顔は、
どこかで見た記憶があった。
降り出した雨に
差し出された傘の名前を見て、
「私」はその店主が、
学生時代に行きつけの
洋食屋の主人であったことを
思い出す…。

日本文学100年の名作第4巻の再読を、
ようやく終えました。
この第4巻は、
1944~1953年の10年間に書かれた
作品が集められています。
当然、戦争が何らかの形で
関わっている作品が多くなります。
日本文学はこのように、
たくましくも戦争と
向き合ってきたのかと、
今更ながら思い知らされます。
そして戦争文学について
まだまだ知らなかったことが
多いということに気付かされました。

「沼のほとり 豊島与志雄」
八重子は兵役に就いている息子を
見舞った後、
切符を買うことができず
難渋していた。
そこへ見ず知らずの若い女性から
宿の提供の申し出があり、
八重子はその好意に甘える。
終戦後、八重子は
その女性の家を訪ねるが、
そこには…。

織田作之助豊島与志雄の作品は、
戦争を直接描いてはいませんが、
その背後には戦争が見え隠れしていて、
言いようのない不安を
かき立てられます。

「白痴 坂口安吾」
映画会社の見習い演出家・伊沢が
ある晩帰宅すると、
押し入れの布団の影に
隣家の白痴の女性が
隠れていた。
彼女は気違い男の女房であり、
何かの事情で
ここに逃げてきたらしい。
伊沢は彼女を
保護しようと考えるが、
彼女は…。

安吾太宰の作品は、
戦争が民間人に与えた
直接的な影響を取り上げています。
戦時中の、そして戦後の、
市井の人々の様子が伝わってくる
作品です。

「太宰治 トカトントン」
26歳の「私」は、ある悩みを
作家に書簡で打ち明ける。
それはある日を境に
「私」の頭の中で
「トカトントン」という
金属音が鳴り、
その瞬間に一切の情熱を
なくしてしまうというもの。
この金属音「トカトントン」は
一体何なのか…。

「羊羹 永井荷風」
東京の小料理屋で
働いていた新太郎は戦後、
物流の仕事で思いがけず
金回りがよくなる。
羽振りのいいところを
自慢しようと、
かつての主人に
挨拶に出かけるが、
予想に反して主人は
戦前と変わらぬ
いい暮らしをしていた…。

そして永井荷風獅子文六の作品は、
戦後をしぶとく生き抜こうとした人々が
描かれています。
かつての日本人は
このようにたくましかったのです。

「塩百姓 獅子文六」
終戦まもなくの頃、
ある海沿いの貧しい村で、
とりわけ貧しい百姓・太兵衛が
自家製塩を始める。
塩は飛ぶように売れ、
太兵衛は大儲けする。
やがて他の村人たちも
それに追随し、村は
ゴールド・ラッシュのような
賑わいを見せ始める…。

「島の果て 島尾敏雄」
カゲロウ島に駐留する
一隊の頭目・朔中尉は、
島の巫女的存在の娘・
トエと出会う。
任務の合間を縫って、
朔は逢瀬を重ねる。
ある日、朔の一隊に
出撃準備の命令が下される。
隊の任務は、魚雷艇による
敵戦艦への特攻作戦であった…。

ここで一転して、
島尾敏雄大岡昇平の作品は、
戦争の最前線の軍人の物語です。
それらの二作品の方が
軽妙に語られているのが意外でした。

「食慾について 大岡昇平」
フィリピン戦線でのある夜、
銃声を聞きつけた「私」たちは
敵襲と考え、
銃を手にして床に伏せた。
ところが隣に寝ていた池田は、
壁に張り付いたような姿勢で
口に何かを含ませていた。
翌朝、その行動について
「私」が問い質すと…。

「朝霧 永井龍男」
「私」の同級生・良英の
父親X氏は、元教員で
軽い痴呆を患っている。X氏は
これまでの生活習慣の遵守に
異様なまでに固執する。
そのため、息子の嫁を
家に入れることに躊躇し、
結婚を引き延ばしている。
一計を案じた良英は「私」に…。

永井龍男井伏鱒二の作品は、
痴呆や事故の影響によって
人格に損傷を来した人間が
描かれています。
「朝霧」は老人性痴呆症ですが、
背景には戦争が潜んでいます。
「遙拝隊長」は戦争の後遺症なのですが、
おかしみの方が前面に出ています。

「遙拝隊長 井伏鱒二」
元陸軍中尉・岡崎悠一は、
戦時中ことあるごとに
東方に向けて遙拝を繰り返す
「遙拝隊長」として知られていた。
彼は不慮の事故により
精神に障害を負って帰村する。
そのため、
終戦後もたびたび発作を起こし、
トラブルを引き起こす…。

「くるま宿 松本清張」
東京の人力俥屋に、
四十を過ぎた吉兵衛という男が
俥引きとして働きたいと
やってくる。
仕事は重労働だったが、
病気の娘を抱えているという
吉兵衛は、
毎日黙々と働き続けた。
酒も飲まず博打もせず、
ただ柔和な顔を見せていた…。

松本清張小山清
戦争の影の薄い二作品です。
「くるま宿」は時代物、
「落穂拾い」は私小説です。
どちら味わいのある作品です。

「落穂拾い 小山清」
僕は武蔵野市の
片隅に住んでいる。
僕の一日なんておよそ
所在ないものである。
本を読んだりしているうちに、
日が暮れてしまう。
散歩の途中で
野菊の咲いているのを
見かけたりすると、
ほっとして重荷の下りたような
気持になる…。

「鶴 長谷川四郎」
敵国と接する地域の
国境監視哨である矢野と「私」。
望遠鏡でのぞき見る外界は、
戦争とは無縁の世界のように
穏やかであった。
ある日、矢野に
南方戦線行きの辞令が下る。
しかし彼は夜の闇に紛れて
軍を逃亡し、
姿を消してしまう…。

長谷川四郎の「鶴」は戦争物ですが、
太平洋戦争ではなく
シベリア出兵を描いた作品です。
これを読むと、日本の軍隊の本質は、
明治の時代から変わらなかったことが
よくわかります。
本アンソロジーにおける
貴重な一作です。

「喪神 五味康祐」
十七歳の若い侍・哲郎太は
多武峯に隠居している幻雲斎に
仇討ちを挑む。
十四年前の真剣勝負で
父が幻雲斎に
斬られていたからだった。
しかし幻雲斎の剣の腕は、
哲郎太の
敵うところではなかった。
哲郎太は幻雲斎のもとで
修行する…。

最後の五味康祐室生犀星もまた、
戦争の影の薄い作品です。
「喪神」は文学作品なのか
娯楽小説なのかよくわかりませんが、
濃厚な味わいのある作品であり、
一方「生涯の垣根」は
淡泊な味わいの
私小説的作品となっています。

「生涯の垣根 室生犀星」
「彼」が丹精込めて
造り上げた「庭」は、
整えられた土と
垣根だけであった。
土は「彼」の手をくぐりぬけて
齢を取っていた。
「彼」は庭造りの
最後の仕事として行う
垣根の入れ替えを、
この庭を一緒に造った民さんに
任せたいと思い…。

第3巻までと同様、いままで
名前しか知らなかった作家の作品に
接することが出来たのは収穫でした。
2014年に初読した際は、
織田作之助、豊島与志雄、
坂口安吾、永井荷風、
獅子文六、島尾敏雄、
松本清張、小山清、
長谷川四郎、五味康祐、
室生犀星が初体験でした。
それ以来、織田作之助、
獅子文六については文庫本3冊、
坂口安吾、豊島与志雄、永井荷風、
島尾敏雄、長谷川四郎については
いくつかの作品を読了しました。
新しい出会いの多かった第4巻です。
確実に読書の幅が広がる本書を、
すべての人にお薦めします。

created by Rinker
¥446 (2024/05/18 22:38:07時点 Amazon調べ-詳細)

(2021.6.10)

Annette JonesによるPixabayからの画像

新潮文庫「日本文学100年の名作」を
読んでみませんか。

created by Rinker
¥54 (2024/05/18 13:30:28時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥995 (2024/05/18 19:24:08時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥636 (2024/05/18 13:30:28時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA