「他界へのハガキ」(佐藤春夫)

佐藤春夫と芥川は同じ明治二十五年生まれ

「他界へのハガキ」(佐藤春夫)
(「三つの寶」芥川龍之介)ほるぷ出版

芥川君
君の立派な書物が出来上がる。
君はこの本の出るのを楽しみに
していたというではないか。
君はなぜ、せめては、
この本の出るまで
待ってはいなかったのだ。
君が自分で書かないばかりに、
僕にこんな
気の利かないことを…。

一つ前に取り上げた
芥川龍之介の童話集「三つの寶」
五感で味わえる
貴重な童話集なのですが、
さらに興味深かったのはその序文です。
なんと佐藤春夫が書いていました。

「君はなぜ、せめては、
 この本の出るまで
 待ってはいなかったのだ。」

そうです。
この童話集が出版される直前に、
芥川は自ら命を絶ったのです。
その芥川への、
手紙の形を取っているのです。

「君が自分で書かないばかりに、
 僕にこんな気の利かないことを
 書かれて了うじゃないか。
(中略)
 口惜しかったら出て来て
 不足を云いたまえ。
 それともこの文章を
 僕は今夜枕もとへ置いて置くから、
 これで悪かったら、
 どう書いたがいいか、
 来て一つ僕に教えてくれたまえ。」

佐藤春夫と芥川は
同じ明治二十五年生まれ、
同い年なのです。
二人は特に
この頃(昭和二年)親密さを増し、
その矢先に芥川が
この世を去ってしまったのです。

「君はもう我々には
 用はないかも知れないけど、
 僕は一ぺん君に
 逢いたいと思っている。
 逢って話したい。
 でも、僕の方からはそう手軽には
 ―君がやったように思い切っては
 君のところへ出かけられない。」

勝手にあの世へ
行ってしまった芥川への、
痛切な思いが感じられます。
「だから君から一度
 来てもらい度(た)いと思う―
 夢にでも現にでも。」

「君の嫌いだった犬は
 寝室には入れないで置くから。
 犬と言えば君は、
 犬好きの坊ちゃんの名前に
 僕の名を使ったね。
 それを君が書きながら一瞬間、
 君が僕のことを思ってくれた
 記録があるようで、僕にはそれが
 たいへんにうれしい。」

本書の冒頭に収められている「白」で、
犬の白の飼い主の坊ちゃんの名前が
春夫なのです。
おそらく芥川は佐藤春夫を意識して
名付けたものと考えられますし、
佐藤春夫の方でもそれに気付き、
ここで指摘しているのでしょう。
二人の親密な関係性が
うかがえる部分です。

「ハガキだからきょうはこれだけ。
 そのうち君に宛てて
 もっと長く書くよ。
 下界では昭和二年十月十日の夜
            佐藤春夫」

当時の文壇はお互いに関係し合い、
切磋琢磨していたのでしょう。
佐藤はこのあと谷崎潤一郎とも
素敵な(?)関係を築きます。

本にはいろいろな情報が潜んでいます。
それを知るのもまた
読書の楽しみの一つです。

(2021.6.21)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

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