「幽霊花婿」(W.アーヴィング)

古いものから新しいものへの転換

「幽霊花婿」
(W.アーヴィング/吉田甲子太郎訳)
(「百年文庫071 娘」)ポプラ社

日が暮れてようやく
カッツェンエレンボーゲンの城に
花婿が到着する。
娘と花婿は一目で
お互いを愛し合うようになる。
しかし花婿の様子がおかしい。
花婿は「わたくしは死人です。
墓が待っているのです」と
言い残し、去っていく…。

「幽霊花婿」というタイトル、
ドイツの山奥の古城という舞台。
夏の夜にふさわしい怪談か、と思って
読み進めると、まったく違いました。
花婿になるはずの人物は
確かに婚礼へ向かう旅路の途中、
盗賊に襲撃され、命を落とします。
しかし城に現れた騎士は
「血と肉とをもつ人間」なのです。
では一体なぜこのようなことに?
ぜひ読んで確かめてください。
「面白かった!」と必ずや思える
短篇小説です。

さて、筋書きの面白さも
特筆ものなのですが、
それ以上に注目すべきは
「古いものから新しいものへの転換」が
見事になされている点でしょう。

一つは「女性の生き方」です。
花婿が落命しなければ、
娘はそのまま
親によって決められた男性と
初対面で結婚していたでしょう。
娘は大切に育てられ、
男性と出会う機会さえ奪われていた
箱入り娘です。
それが「幽霊花婿」の登場により、
初めて恋愛を経験し、
自分の意思で彼とともに
駆け落ちするのです。
家どうしの結婚から
両性の同意による結婚へ、
決められた結婚から恋愛結婚へ、
大きな転換が見られるのです。

一つは「名家の引きずる旧弊」です。
娘の父親はかつての家の威厳を
保とうとするあまり、
山城に閉じこもり、
周囲の家に対しても「封建的な敵意」を
むき出しにしていたのです。
ところが「幽霊花婿」の正体は、
その敵対していた家の息子でした。
結婚後、仲睦まじく現れた二人に、
そうした古い時代のしがらみは
一掃されるのです。

そしてもう一つは
「混沌から平和」でしょうか。
花婿を襲った盗賊は
「混沌とした時代」の遺物と
考えることができます。
それに対して、あくまでも
真摯に誠実に振る舞い続けた
「幽霊花婿」は、
「平和の時代」の象徴と
見ることができます。
相手の誤解に乗じて美しい花嫁を
寝取ることもできたのです。
それをせずに友人であった
「花婿」との約束を忠実に果たし、
かつ花嫁と結ばれた「幽霊花婿」は、
新しい時代の成功者の
在り方を示しているかのようです。

さて、本作品が書かれたのは1819年。
ドイツを舞台にしていますが、
著したワシントン・アーヴィング
アメリカの作家です。
この時期のアメリカは、
フランスとの関係悪化や
米英戦争を乗り越え、
また内政面では党派抗争も収束し、
いわゆる「良い雰囲気の時代」と
いわれていた時期にあたります。
アメリカ社会における価値観の転換点が
その時期にあったとすれば、
それが反映されていると考えられます。

おどろおどろしい雰囲気は一切なく、
「良い雰囲気」の愉しい作品です。
ぜひご一読を。

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(2021.8.4)

David MarkによるPixabayからの画像

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