行く先を明るく指し示すような「月」の光
「百年文庫033 月」ポプラ社

「フィリップ一家の家風
ルナール」
フィリップ一家の住居は、
村じゅうで
いちばん古い住居である。
藁ぶきの屋根は、苔が生えて、
処まんだらに
修繕をしたあとが見え、
庇が地べたの上に垂れ、
入口は頭がつかえるほどで、
二百年ぐらい経った代物としか
思えない…。
漢字一文字のテーマに沿って
三編の短編作品を並べたアンソロジー・
百年文庫。
先日取り上げた第71巻「娘」のように
わかりやすい(主人公がすべて「娘」)
テーマもあれば、
わかりにくいものもあります。
本書は後者の方です。
最初のルナール作品のみ、
月が登場します。
「月が、ひとり外に残っている。
今までよりもいっそう退屈そうに」。
しかし他の二篇には登場しないのです。
しかも「夜」の場面も
明確にあるわけでもなく。
では、ここでいう「月」とは何か?
「老人」(リルケ)
ペエテル・ニコラスは
七十五になって、
いろんな事を忘れてしまった。
昔の悲しかった事や
嬉しかった事、それから
週、月、年と云うようなものは
もう知らない。
ただ日と云うものだけは
ぼんやり知っている。
目は弱っている。
また…。
三作品に共通しているのは、
主人公の置かれた境遇が、
端から見たとき決して満足できるような
ものではないということでしょうか。
ルナール作品のフィリップ老夫妻は
貧しい農民です。
リルケの公園に集まる老人・
ペエテル・ペピイ・クリストフは、
三人が三人とも痴呆症であり、
いつお迎えが来ても
おかしくない状態です。
軍を退役したイワノフが
「帰還」した家庭もまた
貧しさに押しつぶされそうに
なっているのです。
しかしフィリップはその生活に
何の不満も持っておらず、
明るく生活している様子が
描かれています。
「老人」では、最後に
はっとさせられる場面が登場します。
家族を捨てかけたイワノフもまた、
それを押し止まる様子が
最後に描かれています。
それらはまさに暗闇を照らす
月明かりのように感じられるのです。
「帰還」(プラトーノフ)
四年にわたる軍隊生活を終えて
家に帰還したイワノフ。
家族は温かく彼を迎える。
しかし彼は出征中に
妻が不貞を
犯したのではないかという
疑念に囚われてしまう。
妻の告白を聞いた翌朝、
列車に乗り込んだ彼が
窓外に目をやると…。
明るい太陽は彼らの頭上には
存在しないのかもしれません。
彼らの周りはいくつもの「闇」が
口を開けているかのようです。
しかしそんな彼らにも
「月」の光が差し込んでいるのです。
「闇」を照らし、行く先を
明るく指し示すような「月」の光が、
しっかりと差し込んでいることを
感じるのです。
そしてそうした「月」の灯りであっても、
私たち人間の命の灯は、
それに呼応して
光り輝くのだと思います。
三篇を振り返ると、
人間の命の煌めきを、
改めて強く感じさせます。
三篇とも太陽のような
強い光は発していません。
しかし、素朴で温かみのある雰囲気を
醸し出している作品たちです。
作家たちも同様です。
フランスのルナールは
「にんじん」「博物誌」でおなじみですが、
それ以外に注目されるべき
著作を持ちません。
ドイツのリルケも詩集はともかく、
小説としては「マルテの手記」以外には
あまり知られていないでしょう。
プラトーノフに至っては、
その名を知っている日本人は
ごくわずかでしょう。
大きな富を求めなくとも、
フィリップ老人のように
「豊かさ」は実感できるのです。
リルケの三老人のように
「幸せ」を得ることはできるのです。
イワノフのように「温かさ」を
確かめることはできるのです。
私たちもたとえ目の前が
闇に覆われようとも、
その中で目を凝らせば
「月」の光を見つけることができる。
そういう思いを抱かせる作品たちです。
読めば読むほどに、
その味わいが心の中に拡散していく
素敵なアンソロジーです。
新しい年の夜に心温まる一冊をどうぞ。
(2022.1.4)

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