「壺中美人」(横溝正史)

昭和時代の最先端のいかがわしさ

「壺中美人」(横溝正史)
(「壺中美人」)角川文庫

画家がアトリエで
何者かに刺殺される。
使用人は血まみれのナイフを
握りしめた女が、
体をくねらせて壺の中に
入っていこうとしているのを
目撃したという。
現場には曲芸に使用される
大きな壺が。
そして捜査線上には
曲芸師の娘が…。

「壺中美人」、つまり
「壺に人が入り込む」という
パフォーマンスは、
「コントーショニズム(身体軟体術)」
という曲芸として実在しています。
徹底的なストレッチによって
関節の可動域を広げた演者が、
骨盤や肩を巧みに畳むようにして
狭い空間に収まるという技術です。
何やら「怪人」的存在の
「支那服の女」が登場する
横溝正史の本作品、
どのような展開をみせるのか?

【事件簿File-065「壺中美人」】
〔依頼人〕
該当なし
※等々力警部から捜査協力を依頼される
〔捜査関係者〕
川崎巡査
…成城警察署巡査。
 警邏中、女に刺され、重体となる。
山川警部補
…成城警察署捜査主任。
志村刑事三浦刑事柴田刑事
…成城警察署の刑事。
新井刑事…警視庁捜査一課刑事。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
井川謙造
…アトリエで殺された画家。
 サディスト。陶器の蒐集家。
井川治子
…謙造の最初の妻。故人。
井川マリ子
…謙造の二番目の妻。
 別居していて離婚訴訟中。
井川虎之助
…謙造の兄。
 謙造に金の融通を頼んでいた。
宮武たけ
…井川家使用人。品のいい女性。
宮武敬一
…たけの息子。呉服屋の住み込み店員。
梶原譲次
…マリ子の情夫。元ボクサー。
 ブルドッグという綽名。
秋山美代子
…マリ子の友人(バーの元同僚)。
鈴木隆介
…北川法律事務所弁護士。
楊祭典
…曲芸師。華嬢の養父、その実は夫。
楊華嬢
…壺中美人の曲技師。戦災孤児。
 楊祭典に拾われた。本名・花子。
山本藤兵衛(達吉)
…洋品雑貨店の主人。楊華嬢と関係。
「支那服の女」
…殺人現場で目撃された女。
 壺に入ろうとしていた。
〔事件の概要〕
事件発生:昭和29年(東京)
※日付の記載が明確になされているが、
 捜査関係者と金田一の関わりが
 「支那扇の女」事件(S32)
 以降のものであり、矛盾がある
5月25日午後9時頃:
・井川のアトリエに訪問客。
5月26日午前1時頃:
・叫び声を聞いたたけ、
 壺に入ろうとする女を鍵穴から目撃、
 その後、井川の死体発見。
・川崎巡査、女に刺される。
5月27日
・井川虎之助、上京。
5月28日
・井川謙造の葬儀。
・敬一、井川邸の庭から
 犯人の遺留品らしい翡翠の耳飾りを
 発見。
5月29日
・マリ子、衣川邸へ転居。
・事件解決。

本作品の味わいどころ①
ミステリアス!「支那服の女」

タイトルの「壺中美人」が、
作品の妖しげな雰囲気を
そのまま映し出しています。
チャイナドレスをまとった美少女が
くねくねと体をうねらせて壺に入る。
なんともエキゾチックで
エロティックです。
しかし、それがどのように
殺人事件に絡むのか。
もしかしたらアトリエに設置された
壺の中に殺人鬼の美少女が潜んでいて、
被害者の気づかぬうちに
壺からくねくねと抜け出してきて
グサリと一突き!
そして第二、第三の殺人事件が…、
などとついつい想像してしまいます。

ところが
そのような場面は登場しません。
被害者宅の使用人・宮武たけが、
「支那服の女」がその壺の中に
入ろうとしているところを
目撃しているのですが、
一読して読み手の頭の中は
「?」となるはずです。
殺人を行ってから壺の中に潜り込んでも
意味がないからです。
しかも殺人はこの一件だけであり
(最後にもう一件明らかになるが)、
次の事件は起きないのです。

だからこそ事件は謎めいているのです。
殺人の動機すら見えてきません。
犯人の手がかりさえつかめません。
いったい殺人犯の女は、
なぜ犯行後に壺に入ろうとしたのか?
この「壺中美人」の
ミステリアスな存在こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
当時は最先端のいかがわしさ

第二、第三の事件が起きないかわりに、
被害者・井川謙造をはじめとする
関係者のいかがわしい
趣味や行為ばかりが
捜査線上に浮かび上がるのです。
金田一・東京ものの典型的パターン、
エログロ路線です。

同性愛やら女装趣味やら、
現代であれば理解が進み、
それほど違和感を感じないでしょう
(理解が進んでいなくとも、露骨に
嫌悪感を示す人は少ないでしょう)。
しかし本作品の発表は1960年。
まだまだそうしたものを
受け入れる余地など、
当時の世の中にはなかったはずです。
不倫、SM、男色、女装、
親子に見せかけた年齢差夫婦等、
倒錯したエロスが
次から次へと現れてくるのです。
この当時最先端のいかがわしさこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
金田一を気づかう等々力警部

ミステリアスな「壺中美人」、
そしてエログロ続出の難事件でしたが、
金田一が見事に解決します。
捜査員の取り調べに参加して
鋭い一言を発する、
壺の微妙な違いに気づく、
守秘義務のある弁護士を
なだめてすかして最後に脅して
情報を得る、
事実を隠していると考えられる目撃者を
懐柔する、…。
今回はありとあらゆる手段を使って
事件の真相を探る金田一なのです。

INDEX 金田一耕助の事件簿

それでいて、冒頭と結末には、金田一の
知られざる「孤独」が描かれます。
終始陰鬱な雰囲気に包まれている
本作品ですが、等々力警部の存在が
そこに明るさをもたらしています。
相棒ともいえる金田一の孤独を理解し、
年下の名探偵に寄り添う姿勢には
美しいものが感じられます。
「金田一耕助を囲繞する雰囲気に、
 救いようのない孤独の影を感じて、
 なんともいえぬ、
 いたましさにうたれることがある」

だから時折、金田一の一室を訪問し、
「のんびりとお茶をのみながら、
 世間話に時間をすごす」
のです。
事件捜査だけでなく、
プライベートな時間における
二人の友情が
本作品には描かれているのです。
この金田一を気遣う
等々力警部の優しさこそ、
本作品の隠れた
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

横溝正史は「壺中美人」のような
「見世物小屋的・土俗的な怪しさ」を
モダンな探偵小説に落とし込むのを
得意とする作家です。
現実の曲芸を知った上で読み返すと、
当時の読者が抱いた
「もしかしたら本当に
そんな女殺人鬼がいるのかも…」という
恐怖感が、
よりリアルに伝わってくるはずです。
妖しいミステリの大好きな方、
ぜひご賞味ください。

(2022.3.25)

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