不器用な生き方を、突き放した立場で描いた作品群
「掃除婦のための手引き書」
（ルシア･ベルリン/岸本佐知子訳）
講談社文庫
手抜きしない掃除婦だと
思わせること、
初日は、家具をぜんぶ
まちがって戻す
――五インチ、十インチ
ずらして置く、
あるいは向きを逆にする。
埃を払ったあとは、
シャム猫を背中あわせで置く、
ミルクピッチャーを
砂糖の左に…。
驚くべき作家と
出会うことができました。
ルシア･ベルリンです。
2019年に出版された本書の単行本が
ベスト･セラーとなり、さらには
2020年の本屋大賞･翻訳小説部門
第2位となったときは、実はあまり
興味を持っていなかったのですが、
今年3月に文庫化されたのを機に、
購入しました。
読みました。
ガツンと頭を殴られたような
衝撃を感じました。
24篇が収められているのですが、
そのすべてが
悲しい生き方をせざるを得なかった
人間の姿が描かれています。
家族全員から嫌われている老人
(ドクターH.A.モイニハン)、
行為がことごとく裏目に出て、
周囲の人間から誤解され続ける少女
(星と聖人)、
アルコール依存症に悩まされる女性
(最初のデトックス)、
世間を正しく認識できない
共産党員の教師(いいと悪い)、等々、
不器用な生き方しかできない故に、
悲しい生き方をせざるを得なかった
人々が描かれているのです。
そしてそれらの描かれ方は、
極めて｢ぶっきらぼう｣です。
登場人物たちに寄り添うような
描かれ方は全くなされていません。
｢ドクターH.A.モイニハン｣では、
孫娘の｢じゃあお祖父ちゃんのこと、
もうきらいじゃない？｣の問いかけに、
その母親(老人の娘)の答えは｢いいえ｣。
｢星と聖人｣の少女は、
同情してくれたシスターの手を
振りほどこうとして
結果的に突き飛ばし、
｢その日のうちに帰宅を命じられ、
尼僧に暴力をふるったかどで
退学になった｣。
それぞれの作品の終末において、
登場人物も、そして読み手も
作者から突き放され、
そこまで抱いた悲しみの感情を
どこへ持っていけばいいか
戸惑ったまま結末を迎えるのです。
この｢突き放し方｣が、
ルシア･ベルリン作品の
特徴なのでしょう。
だからこそ、これらの作品群は
読み手の安易な共感を拒み、
だからこそ、これらの作品群は
読み手の心にささくれを作り、
だからこそ、読み手は
これらの作品群一つ一つについて、
その後の登場人物の生き方や
その生き方の価値について、
あれこれ想像を巡らせずには
いられなくなるのです。
これらはすべて
ルシア･ベルリン自身の身に起きたこと、
そしてその周囲の出来事を
小説化したものだそうです。
幼少期よりアメリカ各地を
転々としたこと、
その先々で周囲から
認められることのなかったこと、
肉親から性的虐待を受けていたこと、
結婚と離婚を繰り返したこと、
四人の子どものシングルマザーとして
奮闘したこと、
アルコール依存症と闘ったこと、
様々な職業を転々としたこと、
それらの｢悲しみ｣は
デフォルメされながらも、
作品として昇華していったのです。
自身の不器用な生き方を、
突き放した立場から
文学作品として編み上げる。
それがルシア･ベルリンの
文学の特質であり、
私たち読み手はその
｢突き放されたもの｣を
自身の生き方と照らし合わせて
味わうことになるのです。
時間をおいていつか
再読せざるを得ない作品群であることを
思い知らされます。
荒々しいエネルギーに満ちた本書を、
大人のあなたに
お薦めしたいと思います。
〔本書収録作品一覧〕
エンジェル･コインランドリー店
ドクターＨ.Ａ.モイニハン
星と聖人
掃除婦のための手引き書
わたしの騎手
最初のデトックス
ファントム･ペイン
今を楽しめ
いいと悪い
どうにもならない
エルパソの電気自動車
セックス･アピール
ティーンエイジ･パンク
ステップ
バラ色の人生
マカダム
喪の仕事
苦しみの殿堂
ソー･ロング
ママ
沈黙
さあ土曜日だ
あとちょっとだけ
巣に帰る
（2022.5.4）
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