「懐郷」(ムーア)

誰も故郷を捨てたくて捨てるのではないのです

「懐郷」(ムーア/高松雄一訳)
(「百年文庫055 空」)ポプラ社

ジェイムズは病気療養のために
アメリカから
生まれ故郷アイルランドへ
戻ってくる。
彼はマーガレットに恋をし、
結婚の約束をする。
しかし都会に暮らし慣れた
彼の行動は、
ことごとく旧弊な
地元の司祭や人々の
反感を買っていた…。

「ふるさと教育」なるものを
知っていますか?
日本では「○○教育」というものが
政府・行政や経済界からつくり出され、
常に学校現場に押しつけられます。
「IT教育」「消費者教育」
「プログラム教育」
「情報モラル教育」…。
「ふるさと教育」も
そうしたものの一つで、
ふるさとを愛する心を育てる学習を、
全教育活動を通じて行うことを
求められるのです。
世の中では
「国際教育」「グローバル教育」もまた
叫ばれている中、
あえて相反するような
「ふるさと教育」をも推進する。
人口減少・少子高齢・地方消滅の
過疎県ならではの苦しい事情です。

さて、今日取り上げる作品は、
生まれ故郷とそこに住む婚約者を捨て、
都会での生活を選んだ男の物語です。

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旧来の堅苦しい道徳が
支配している故郷へ、
いきなり都会の空気を持ち込んだのが
ジェイズムの不幸の原因でした。
結婚するまでは若い男女が
べたべたと一緒にいてはいけない、
夜に集まって踊りなど
踊るのはけしからん、
若者がビールを飲んで騒ぐのは
もってのほか…。
そんな中で彼はアメリカの友人から
酒場の共同経営を持ちかける手紙を
受け取ります。
結果、彼は再渡米し、
故郷の土を二度と
踏むことはなかったのです。

「愚かな」と彼を非難することは
容易ですが、若かりし彼の心境は
大いに理解できます。
「頭をあげると、
 貧しい果樹園が見えた。
 彼は村に通じる
 貧弱な道路を憎んだ」

若者にとって、
田舎はあまりにも魅力に乏しいのです。
それは本作品も、
そして現代日本の地方でも同じです。

美しい自然や温かい人間関係など、
地方独特の良さは確かにあります。
しかしそれだけで
若者を地元に引きつけておくことは
難しい時代になってきたのでは
ないでしょうか。
少なくとも若者が一生を懸けるだけの
「仕事」が、若者の数だけあるかどうか。
若者の流出を、
学校現場に頼って教育の力で
食い止めようとするのではなく、
行政が主導して社会構造を積極的に
変革すべきではないかと思うのです。

さて本作品のジェイムズはしかし、
晩年に後悔します。
「自分も生れ故郷の村に
 葬ってもらいたいものだ」

ゆえに表題は「懐郷」。
誰も故郷を捨てたくて捨てるのでは
ないのです。

(2022.5.3)

Lukáš JančičkaによるPixabayからの画像

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