「神州纐纈城」(国枝史郎)①

だからこそ未完であるのに面白い

「神州纐纈城」(国枝史郎)
 講談社大衆文学館文庫

ある夜、土屋庄三郎は、
怪老人から
深紅の布を売りつけられる。
それを月光にさらすと、
そこには十六年前失踪した
父・庄八郎の文字が
浮かび上がる。その布は、
人の生き血を絞って染めた
「纐纈」だった。
庄三郎は父を探す旅に出る…。

幻の伝奇小説と呼ばれる
国枝史郎の「神州纐纈城」を読みました。
未完の作品でありながらも、
400頁を超える大作、そして
どこまでも引きつけられる吸引力、
魅力ある登場人物たちの蠢き、
まさに日本文学史上に輝く怪作です。

【主要登場人物】
土屋庄三郎昌春
…武田家家臣の一人。紅布を手に
 父親を探しに富士山麓へ向かう。
土屋庄八郎昌猛
…庄三郎の父。かつては武田信玄の
 最も信頼する家臣だった。
 纐纈城主となる。
土屋主水昌季
…庄八郎の弟で庄三郎の叔父。
 富士教団を組織し、
 光明優婆塞を名乗る。

…庄三郎の母。
 主水と相思相愛であったが、
 庄八郎と結婚せざるを得なくなった。
高坂甚太郎
…主君信玄の命で、庄三郎を狙う。
 鳥刺しに変装。
三合目陶器師
…富士の裾野に住む人斬り。
 本名・北条内記。
月子
…富士の裾野に住む造顔師。
 訳ありの人間の面相を変える。
伴源之丞
…元北条家家臣。陶器師から逃亡。
園女
…北条内記の元妻。
 伴源之丞と駈け落ち、逃亡。
直江蔵人
…富士の裾野に隠遁している薬師。
塚原卜伝
…天下に知られた剣聖。

未完成であるのに、
なぜ面白く読めるのか?
その秘密は本書の巻末エッセイで、
作家・半村良が明らかにしています。
それは一言で言えば、
「行き当たりばったり」です。
作家としては最もまずそうな
創作姿勢なのですが、
連載に追われる中で、
そのときそのときの
最も興奮する筋書きを書き連ねていく、
それによって読み手の
最も求める方向へと突き進むことが
できる、というものです。

「それでも未完成なら
意味がないではないか」と
おっしゃるなかれ。
その分、本作品には
いくつものストーリーが
ぎっしりと詰まっているのです。
それ故の面白さです。

詰め込まれているストーリー①
主人公・庄三郎はどう復活する!?

主人公として設定されている
庄三郎ですが、
全体の約2割程度しか
出番が与えられていません。
しかも私刑を受け、
半死半生の状態で丸木舟に詰め込まれ、
纐纈城に流れ着くというところまでは
描かれているものの、
それ以降は示されないまま終了です。
庄三郎は主人公として
このあとどういう活躍をするのか?
甲斐国の大混乱を収束できるのか?
期待は膨らみます。

詰め込まれているストーリー②
纐纈城と纐纈は何をもたらす!?

人間を生きたまま
その生き血を絞り出し、
布に染め上げるという「纐纈」。
いかにも呪いを発揮しそうですが、
主人公が月の光にかざして
「謹製 土屋庄八郎昌猛」の文字を
浮かび上がらせただけで、
あとは霊的な効力を
何一つ発揮していません。
作者・国枝は、
この「纐纈」にどんな魔力を
もたらせようとしていたのか?
「纐纈」はこのあとの筋書きに
どう絡んでくるのか?
期待は膨らみます。

詰め込まれているストーリー③
富士教団は再生するのか!?

現代であれば「教団」という言葉には
ネガティヴな響きがつきまといますが、
当時であれば「救済」の意味が
込められていたはずです。
教祖・主水が失踪し、
内部崩壊を始めたところまで
描かれているのですが、
せっかく設定された「教団」が
これで終わりではないでしょう。
作者・国枝はどんな運命を
予定していたのか?
期待は膨らみます。

詰め込まれているストーリー④
魔神・纐纈城主・庄八郎は

伐たれるのか!?
超人的能力と完全悪的性格を宿して
登場した纐纈城主ですが、
途中から城を抜け出し、
甲斐国へ彷徨い出ます。
理由は単なる「郷愁」。
大丈夫かと思いきや、
体からは炎を吹き上げ、
触るものを皆、
「奔馬性癩患」という病気に感染させ、
急激にその症状を発症させるという
やっかいな存在として
甲斐国を闊歩します。
最後はその勢いが
下火になるところまでが描かれます。
ではその後はどうなるのか?
主水や庄三郎とどう関わるのか?
よもや第三者に伐たれて
終わりになるのでは?
期待は膨らみます。

詰め込まれているストーリー⑤
庄八郎と主水の決着やいかに!?

その先にあるのが、
庄八郎と主水の兄弟対決の行方です。
兄・庄八郎は纐纈城主という
悪の化身となり、
弟・主水は富士教団という
新興宗教の教祖となり、
女を巡る下世話な敵対関係から
一気に「悪と善の対決」という
高度なレベルまで押し上げられた
二人の関係はどう決着するのか?
期待は膨らみます。

主人公・庄三郎に関わる部分でも、
これだけの素材が盛り込まれたまま、
物語は強制終了を迎えているのです。
書かれざるその決着に向けられた
期待の大きさこそが、
本作品の面白さなのです。
だからこそ未完であるのに面白い。
幻の作品であるにもかかわらず、
青空文庫で
しっかり読むことができます。
ぜひご一読を。

(2022.5.20)

경복 김によるPixabayからの画像

【青空文庫】
「神州纐纈城」(国枝史郎)

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