「死体昇天」(角田喜久雄)

大正期・昭和初期のミステリにはロマンがある

「死体昇天」(角田喜久雄)
(「新青年傑作選集2」)角川文庫

谷に落ちた親友・浅川の
救出に向かった幸次は、
複雑な気持ちに襲われる。
浅川は妻・時子に熱心であり、
幸次は嫉妬に
駆られていたからだ。
浅川を発見した幸次だったが、
下山途中、
浅川は再び足を滑らせ、
転落する。幸次はそれを…。

先日取り上げた
木々高太郎「永遠の女囚」に続き、
今回は「新青年傑作選集2」から
角田喜久雄の一篇です。
ミステリなのですが、
殺人事件ではありません。
思わずついた「嘘」がもたらした
「恐怖」なのです。

【主要登場人物】
幸次
…登山家。嫉妬心に駆られている。
浅川
…登山家。幸次の親友。
 冬山登山で遭難する。
時子
…幸次の妻。
 かつては浅川の下宿先の娘。
署長
…遭難現場の所轄暑署長。
 浅川の死体の謎を推理する。

本作品の味わいどころ①
嫉妬心がつかせた「嘘」

救出後の再度の浅川の転落は、
間違いなく事故です。
幸次が突き落としたのではありません。
また、見殺しにしたのでもありません。
しかし彼は浅川に「出会わなかった」と、
時子に嘘をついてしまうのです。
それは浅川への
嫉妬心のなせる技であり、
救出が叶わなかった後ろめたさであり、
あらぬ疑いを持たれたくないという
焦燥であったのでしょう。

嘘が破綻しかけるのは、
幸次が持っていった水筒の紛失です。
水筒は浅川に与えられ、
彼はそれを持って転落したのです。
もし遺体が発見されたとき、
水筒も一緒であれば、
幸次の嘘が明白となるのです。

本作品の味わいどころ②
銃殺の可能性が急浮上

遺体が発見される前に、
この水筒が先に発見されます。
ところが猟銃による貫通孔と
返り血の付着という
恐ろしい状態での発見です。
間の悪いことに、幸次は救出の際、
猟銃を所持していたのですから
大変です。
幸次に殺人の嫌疑がかかるのです。

本作品の味わいどころ③
殺人でないことを推理

そして水筒発見の数日後、
同じ場所でようやく遺体発見。
遺体にも銃創が。
本当に殺人が行われたのか?
水筒と遺体の発見のタイムラグと、
水筒に付着した血痕、
そして殺人の有無について、
謎解きをするのは署長です。
名前も与えられていない「署長」ですが、
名探偵も驚きの推理力です。

本作品は1929年発表。
現代であれば
血液鑑定や銃痕鑑定等の科学捜査で
推理の入り込む余地はありません。
だからこそ、
大正期・昭和初期のミステリには
ロマンがあるのです。
古き良き時代のミステリを
ご賞味ください。

〔本書収録作品について〕
死体昇天 角田喜久雄
精神分析 水上呂理
人間灰 海野十三
踊り人形 木々高太郎
秘密 平林初之輔
四次元の断面 甲賀三郎
閉鎖を命ぜられた妖怪館 山本禾太郎
陰獣 江戸川乱歩

〔本作品収録書籍について〕
角川文庫刊
「新青年傑作選集2モダン殺人クラブ」は
かなり以前に絶版、
その後に改題復刊した
「君らの狂気で死を孕ませよ」も
すでに絶版です。

最近では2016年に出版された
「山岳迷宮」(光文社文庫)にも
収録されていましたが、
こちらも早々に絶版。

現在は以下の書籍に収録、
流通しています。
「角田喜久雄探偵小説選」(論創社)
「大下宇陀児・角田喜久雄集」
(東京創元社)

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MarioによるPixabayからの画像

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