「蔵の中」(宇野浩二)②

共通するのは「蔵の中」で「尋常ならざること」をしている点

「蔵の中」(宇野浩二)
(「思い川/枯木のある風景/蔵の中」)
 講談社文芸文庫

「思い川/枯木のある風景/蔵の中」

…彼女が気持ちを
わるくしたからでしょうか。
私は、また、これから、毎日、
この台所のとなりで、
聞きなれた、
磯節や田植唄や越後節に
なやまされねば
ならないのでしょうか。皆さん。
(おや、もう聞き手が
一人もいなくなりましたね。)

前回は冒頭の一節を抜粋しましたが、
今回は終末を取り上げました。
宇野浩二「蔵の中」です。
本作品について、
「表面通りのコメディなのか、
それとも「そこそこに危ない悪趣味」を
上手に糊塗した短篇なのか、
判断が難しい作品」と記しました。
それを読み解くための
資料を探していて、
思わぬ記事に出会いました。なんと
宇野浩二の本作品に影響を受けて、
江戸川乱歩「人でなしの恋」を、そして
横溝正史「蔵の中」を、
それぞれ書き上げたというのです。
それについて書かれた論文
(文芸評論家の武田信明氏)が
講談社の雑誌「群像」1992年12月号に
掲載されたようなのですが、
ネット検索ではその本文には
たどり着けませんでした。
どのように論旨が展開されているのか
興味のあるところです。

三者とも共通しているのは
「蔵の中」で「尋常ならざること」を
しているという点です。
しかし宇野版「蔵の中」で
「私」がしていることは、
「怪し」いものの、
「妖し」くはありません。
質入れした(蔵はその質屋の蔵であり、
主人に頼み込んで入り込ませて
もらっている)着物や布団を広げ、
しみじみと過去を回想し、
感慨に浸るというものです。
その最中、
主人の妹(後家)が接近するのですが、
ニアミス程度で
大事には至っていません。
それを乱歩・横溝はどう発展させたか?

乱歩は、主人公「私」の夫・門野を
蔵の中にこもらせ、
人形に逢瀬の相手をさせるという
倒錯した性衝動を描きました。
かなり「妖し」くなっています。
そしてその「妖し」さを
次のように表しています。
「人でなしの恋、
 この世のほかの恋でございます。
 そのような恋をするものは、
 一方では、生きた人間では
 味わうことのできない、
 悪夢のような、
 或いは又おとぎ話のような、
 不思議な歓楽に魂をしびらせながら、
 しかし又一方では、
 絶え間なき罪の呵責に責められて、
 どうかしてその地獄を逃れたいと、
 あせりもがくのでございます。」

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一方、横溝は、
蔵の中で安息を得ている蕗谷笛二に、
亡姉の形見の着物を身につけさせ、
ナルシズムに浸らせています。
化粧まで施し、
妖艶な雰囲気を漂わせるのです。
「それは男とも女ともつかぬ、
 世にも妖しく、
 また美しい面影でありました」

加えて横溝は笛二に、乱歩同様、
人形との語らいの場面もつくり、
さらには遠眼鏡を持たせて
他人の私生活を覗き見させるのです。
「妖し」い行為が矢継ぎ早に登場します。

宇野版「蔵の中」は、
「そこそこに危ない悪趣味」が
盛り込まれているのですが、
コメディタッチであり、
「妖し」い領域には踏み込んでいません。
しかし宇野の作品を読んだ二人は、
「これならいける!」とでも
思ったのでしょうか、
宇野が匂わした「危ない悪趣味」を、
これでもかというくらい
「妖し」く拡大発展させてしまいました。

武田氏の論説には、
おそらくもっと深遠な部分での関連性が
論じられていると思うのですが、
学者でも評論家でもない私には、
そのくらいしか
捉えることができません。
しかし乱歩も横溝も、
宇野を敬愛していたことは確かです。
宇野の最大の出世作を
リスペクトしながら、
それぞれにおける初期の傑作を
創り上げたのでしょう。

〔関連記事:宇野浩二の作品〕

〔関連記事:江戸川乱歩の作品〕

〔関連記事:横溝正史の作品〕

(2022.12.13)

Merlin LightpaintingによるPixabayからの画像

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【今日のお知らせ2022.12.13】
以下の記事をリニューアルしました。

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