「薔薇の別荘」(横溝正史)

でも始まりません。なぜなら短篇ですから。

「薔薇の別荘」(横溝正史)
(「七つの仮面」)角川文庫

薔薇の別荘に招待された
十三人の招待客。
主催者の鶴子は、
その宴の花形となる
秘書・三枝子をはじめとして、
誰にもその目的を
明かしていなかった。
客の顔ぶれがそろい、
宴が始まろうとしていた
そのとき、鶴子が
死体で発見される…。

花婿候補に匿名の手紙と
支度金が届くというプロット。
それは長篇「女王蜂」とはほぼ同一です。
登場人物がみなくせ者揃いであること、
そしてその血縁関係・愛憎関係が
入り組んでいることも、
とてもよく似ています。
違うのは殺人事件が連続せず
単発で終わることです。
なぜなら短篇ですから。
横溝正史の「薔薇の別荘」です。

【事件簿File-060「薔薇の別荘」】
〔依頼人〕
吉村鶴子

…戦後キャバレー経営で成功した女。
 体が不自由。金田一を宴に招待した。
 依頼内容は不明。
〔捜査関係者〕
藤尾警部補…所轄署捜査主任。
〔事件関係者〕
堀口三枝子
…鶴子の秘書。鶴子の寵愛を受ける。
 自殺未遂後、鶴子に引き取られる。
堀口一義
…三枝子の父。東京大空襲で死亡。
 妾が多数いた。
堀口節子
…三枝子の母。過労により病死。
吉村兼次
…鶴子の亡夫。洋酒問屋吉村家の養子。
戸田辰蔵
…兼次の兄。和紙問屋の旦那だったが、
 戦後傾いた。七十を超えている。
戸田やす子
…辰蔵の妻。
古川幸子
…兼次の上の姉。
古川達吉
…幸子の夫。六十五、六歳。
 鶴子の指導でヤミ商売を手がける。
川辺千代子
…兼次の下の姉。
川辺良介
…千代子の夫。六十前後。
 かつて鶴子との関係が噂された。
加藤朝彦
…鶴子の甥。二十六、七歳。
 美貌の青年。
浅井みゆき
…鶴子の姪。
杉本隆吉
…鶴子の腹心の部下。
 かつて鶴子との関係が噂された。
小森峯子
…薔薇の別荘・管理人。
 鶴子の秘書だったが、
 三枝子にその座を奪われた。
鍋井賢蔵
…鶴子の顧問弁護士。
児玉健
…「影の人」から不思議な招待状を
 受け取る。鶴子の死体発見時、
 不法侵入で身柄を拘束される。
杢衛じいや
…薔薇の別荘の使用人。
滝先生…鶴子の主治医。
〔事件の経緯〕
昭和33年5月25日(神奈川県・北鎌倉)
・薔薇の別荘におけるパーティにおいて
 鶴子が何者かに殺害される。
・死体発見時、
 部屋には鍵がかかっていた。
 鍵の一つは本人所有(部屋から発見)、
 もう一つは三枝子が所持。
※パーティ招待客
 堀口三枝子・戸田辰蔵・戸田やす子・
 古川幸子・古川達吉・川辺千代子・
 川辺良介・加藤朝彦・浅井みゆき・
 杉本隆吉・鍋井賢蔵・金田一耕助
※児玉健に関して
・5月13日:
 身なりを整えるよう指示する手紙と
 現金十万円が「影の人」から届く。
・5月23日:
 薔薇の別荘へ吉村鶴子を訪ねよという
 第二の手紙が届く。

本作品の味わいどころ①
「十三人の客」が招く不幸

十三人の招待客という、
何か事件を予感させる設定です
(実際は主催者・鶴子と
秘書・三枝子を加えての十三人)。
顔ぶれは鍋井弁護士と金田一、
マネージャーの杉本の三人以外は、
すべて腹黒そうな鶴子の親族八名です。
その中で起きた主催者・鶴子の殺害。
いかにも大がかりな犯罪が
始まりそうな匂いがプンプンします。
この、薔薇の別荘に集った十三人の客が
醸し出す不穏な空気感こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

しかし、
大がかりな犯罪は始まりません。
なぜなら短篇ですから。
長篇であれば横溝は、
この親族+杉本の十人に対して
徹底的に謎めいた行動を取らせ、
全員が怪しそうに見える工夫を
施していたはずです。
短篇ゆえ、
怪しそうな描写のみに止まってしまい、
それ以上踏み込んでいないのですが、
だからこそ、
その「匂い」を味わうべきなのです。

INDEX 金田一耕助の事件簿

本作品の味わいどころ②
謎の青年、児玉健の正体

薔薇の別荘の宴の十四番目の客として
招かれた青年・児玉健。
彼に送られた手紙の差出人
「影の人」の正体は、どう考えても
吉村鶴子に間違いありません。
そして彼女が何かを企んで招いたことも
疑いようはありません。
彼が第一の手紙の指示どおりに
動いていれば
何も問題がなかったものの、
彼は不良仲間とともに
支度金を使い果たし、それでも
別荘にはこっそりと忍び込むのです。
彼が事件に巻き込まれて、
スリリングな冒険が
始まりそうな匂いがプンプンします。
この、素性不明の青年・児玉健が
踏み込むサスペンスの予感こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

しかし、
スリリングな冒険は始まりません。
なぜなら短篇ですから。
長篇であれば横溝は、この青年に
さらに危険すれすれの行動を取らせ、
魅力溢れる展開を
設定していたはずです。
短篇ゆえ、冒険どころか
事件の容疑者としても扱われず、
第三者的な存在で
終わっているのですが、
だからこそ、
その「予感」を味わうべきなのです。

本作品の味わいどころ③
薄幸の女、三枝子の正体

そしてなんといっても
三枝子の存在が可憐です。
両親を亡くし、不幸のどん底に落ち、
自殺まで図ります。
それを拾ったのが鶴子でした。
相当な財産を築き上げた鶴子が
死亡したのですから、
その相続人となった三枝子は
もっとも疑わしい容疑者です。
いかにもこの三枝子が
謎の青年・児玉健の助力を得て
容疑を晴らし、
幸せをつかみ取りそうな
匂いがプンプンします。
この、薄幸の女・三枝子の幸不幸の
逆転劇の兆候こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

一応、彼女は幸せをつかみ取ります。
しかし騎士役となるはずの児玉健との
接点は描かれずに終わります。
なぜなら短篇ですから。
長篇であれば横溝は、
終盤近くで三枝子の窮地を健に救わせ、
二人で危機を脱出するような
冒険を組み立てたはずです。
短篇ゆえ、
本編中では二人の邂逅もなく、
したがって甘いラブロマンスもなく、
説明だけで
幕を閉じざるを得なかったのですが、
だからこそ、
その「兆候」を味わうべきなのです。

と、このように、
短篇ゆえに十分な展開できずに、
「気配」のみが濃密に感じられるのが
本作品の特徴でしょう。
まるでこれから描こうとしている
長篇作品の
プロットを見るかのようです。
横溝には、
雑誌掲載の締め切りと分量に合わせて
原形作品をつくり、
後日、それにゆっくりと肉付けし、
長篇作品として完成させたケースが
いくつも見られます。
本作品はそうした
「原形作品」に近い肌触りなのです。
横溝にもう少しの時間が
与えられていれば、
長篇化が試みられたであろう
短篇の一つなのかもしれません。

欲張ってはいけません。
本作品の味わいを
十分に堪能すべきです。

(2022.12.16)

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