「第四間氷期」(安部公房)①

ノーベル賞の先の先を行く安部公房。

「第四間氷期」(安部公房)新潮文庫

「第四間氷期」新潮文庫

未来を予言できる電子計算機
「予言機械」を開発した「私」は、
その実験としてある中年男の
未来を予言させようと、
男の調査に取りかかる。
しかし男は情婦の部屋で
何者かに殺害される。
「深入りするな」と
「私」に警告する謎の人物は…。

日本初の本格的長篇SF小説と
いわれている本作品、
何度目かの再読を果たしましたが、
やはりその面白さは色あせません。
作者・安部公房は、
SF小説を書くなどという
意識はなかったのでしょう。
前半部はむしろ
殺人事件の犯人にされかねないという
状況に陥るミステリ、
その後は謎の恐喝者や暗殺者に怯える
サスペンス小説、
そして中盤以降は
読み手の想像を遙かに超える
SF作品となっていくのです。
そうした表面上の
面白さもさることながら、
本作品の描く未来の社会への不安は、
1959年の発表当時よりも、
60年以上経った現代の方が、
より切実に感じられます。
現実が安部の描いた世界に、
近づきつつあります。
本作品は、それほどに画期的な
先見性に満ちているのです。

【主要登場人物】
「私」(勝見博士)
…プログラミングを専門とする博士。
 「予言機械」なる電子頭脳を開発。
頼木
…「私」の助手。若い研究員。
 ずけずけものを言う。
和田勝子
…研究所員。頼木と結婚する予定。
相羽・津田・木村…研究員。
友安
…プログラム委員会委員。統計局役人。
所長…研究所所長。
守衛…研究所守衛。
土田進
…「予言機会」の実験材料に選ばれた
 中年男。殺害される。
近藤ちかこ
…土田の愛人。26歳。
 土田殺害を自供、逮捕される。
山本博士
…中央保険病院医師。
山本氏
…山本博士の義理の兄。
 哺乳動物の母胎外発生を研究。
暗殺者
…「私」を監視し、尾行する男。
勝見貞子
…「私」の妻。何者かに騙され、
 胎児の堕胎手術をされる。
勝見芳男…「私」の息子。
イリリ…水棲人間の少年。

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本作品の画期的先見性①
これはAIだ!人工知能登場の予見

膨大なデータを入力することにより、
これから起こりうる可能性を類推する。
まさに現代でいうところの
AI・人工知能です。
「私」は諸般の事情が絡み、
ある男の未来を予想するという
ごく単純な操作に取りかかる末に、
事件に巻き込まれるのですが、
本作品にはそれ以上の
人工知能活用の事例が描かれています。

一つはAIの政治利用です。
作品冒頭では経済の短期の見通しを
ことごとく予見するソビエトの
電子計算機が描かれていますが、
その先の未来として
共産主義の繁栄を予見、
政治に利用しようとする意図を
覗かせています。
もう一つは
人間の思考パターンを入力し、
その人間の「意識」と「思考」を
再現するというものです。
こちらはまさに現在研究が進んでいる、
「脳のデジタル化」もしくは
「AIによる人格復元」に
ほかなりません。

執筆同時の1959年段階では、
コンピュータという言葉すら
まだ一般的ではなく、
そのため本作品中でも
「電子計算機」という用語しか
使われていません。
当時の安部の視線は
コンピュータを越え、
スパコンを越え、
AIの出現を捉えていたのです。

コンピューターサイエンス分野の
ノーベル賞として知られるのは
「チューリング賞」。
2019年の受賞者である
ジェフリー・ヒントン、
ヤン・ルカン、
ヨシュア・ベンジオの
三人の学者が研究したのは、
「脳内のニューロン・ネットワークが
データを処理する方法を
模倣したシステムの作成」でした。
それこそまさに本作品の
「電子計算機」の行った
ある人物の「二次予言値」なのです。
三人が研究に着手したのは1980年代。
安部はそれより四半世紀前に、
その姿をデザインしていたのです。

本作品の画期的先見性②
これは地球温暖化だ!気象変動の予見

本作品には、地球の気温が上昇し、
海水面が上昇、
現在の都市のほとんどが
水没する未来が描かれています。
こちらも現代であれば
驚くに足りません。
地球温暖化による海水面上昇など、
小学生でも
知識として身に付けています。
ところがこちらも1959年段階では
まったく誰も考えていなかった
ことなのです。
当時は温暖化どころか
「次の氷河期にどう備えるか」という
「寒冷化」ばかりが
取り沙汰されていたのです。

さすがに人間の経済活動による
二酸化炭素量増加までは
予見していませんが、
火山活動の活発化による
二酸化炭素量増加、
その末の温暖化と海水面上昇と、
見事なシミュレーションを
展開しています。
気候変動モデルの研究で
ノーベル賞を受賞した眞鍋淑郎博士も
たじたじとなるような
安部のシミュレーション・モデルです
(ちなみに作品執筆時、
眞鍋博士はまだ気候変動モデルの
研究に着手していない)。

本作品の画期的先見性③
これは最先端医療だ!iPS細胞の予見

そして本作品終盤では、
人間の胎児に操作を施し、
水棲人(えらを持ち、
水中の生活に適応した形の新人類)を
創り出す技術が登場し、
その新人類が新しい世界の主人公となる
筋書きが用意されています。
胚の段階で薬物操作により、
細胞の分化を抑制し、
望むべく器官を生成する技術は、
まさにiPS細胞の考え方と同一です。
受精卵段階での遺伝子操作とは
異なるのですが、
再生医療をはじめとする
現代医療の最先端の考え方の
先を進んでいる設定なのです。

なんと、本作品執筆の段階で
iPS細胞の第一人者・山中伸弥教授は、
まだ生まれてさえいません
(山中教授は1962年生まれ)。
ノーベル賞を受賞した研究者の、
その誕生以前に
その研究成果の行き着く可能性の一つを
模索し得たことに、
ただただ驚くばかりです。
そもそも、ワトソンとクリックによる
DNAの二重螺旋構造が発表され、
遺伝の仕組みが
科学的に裏付けられたのさえ1953年、
本作品完成の数年前なのです。
安部はもしかしたら、
そうした研究論文さえ
読んでいない可能性すらあります。

ノーベル賞の先の先を行く安部公房。
学生時代に読んだときは、
滑稽なドタバタ劇としか
思えませんでしたが、以来、
再読するたびに衝撃が走ります。
現実世界が、徐々に
安部の描いた世界に
近寄って来ているのです。
もしかしたら40年後、
つまり本作品完成の100年後の
2059年に再読したとき、
安部の描いた近未来は、
まさに現実と瓜二つのような姿で
存在しているのかも知れません。
恐ろしいことです。
ぜひご一読を。

※本作品は、安部作品に珍しく、
 露骨な性描写もなく、
 殺人事件は起こるものの
 過度な暴力場面もなく、
 中学生にも薦められる
 貴重な一冊でもあります。
 安部公房の世界に入るには、
 この一冊からが適切かも知れません。

※水棲人類を描いた作品といえば、
 映画なら「ウォーター・ワールド」
 (1995年:ケヴィン・コスナー主演)が
 思い浮かびます。

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Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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