「最果てアーケード」(小川洋子・有永イネ)

「死」を描いた原作に、人間のぬくもりを与えた漫画

「最果てアーケード」(全2巻)
(小川洋子・有永イネ)講談社

「最果てアーケード」第1巻
「最果てアーケード」第2巻

「死んだ生き物のレースばかり
集めてるってのかい?
新品はひとつも
置いていないのかい?」
「おばさま 人間 生きてる人より
死んでる人のほうが
多いんですから
死者の持ち物がたくさんあるのも
別におかしくないんじゃ
ありません?」…。

以前取り上げた小川洋子
「最果てアーケード」、
こちらは全2巻の漫画版です。
文学作品の漫画化は数多くあれど、
本作品は漫画が先に発表・出版
(コミックスの発行日は
2012年2月・4月、
雑誌掲載されているとすれば
当然それより前)され、
テキストがあとから
(単行本刊行は2012年6月)
出版されるという、
やや変則的な関係にあります。
おそらくは漫画の原作として構成され、
その後、テキストとして
まとめられたのではないかと
推察されます。

やや少女漫画的な画風の
コミックスをなぜ買おうと思ったか?
実はテキスト版を読んで、
終末の「私」は一体どうなったのか、
確信が持てなかったからです。
前回、結末には
衝撃が待ち構えていると記しましたが、
三つの解釈が可能と考えたのです。

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一つめの解釈:衝撃度小
「私」は父親の「死」を乗り越え、
新しい「私」に生まれ変わったという
ハッピー・エンド的解釈。
第9話「人さらいの時計」での
「さようなら、お父さん」という
「私」の台詞、
決して暗くならない筋書き上の雰囲気、
父親を16年前の火災で失ったという
トラウマを持つ女性が、
アーケードとそれを取り巻く人々との
交流の結果、
新しい自分を発見することができた、
というのは本作品の結末として
決して不自然ではないと考えられます。

しかし、それでは終末の「私」の、
「そろそろお父さんのところへ
行かなくちゃね」の意味が
分からなくなってしまうのです。

二つめの解釈:衝撃度中
そうなると、
「私」は「死んだ」ということになります。
作品の至る所に鏤められた「死」の匂い、
「最果て」と名付けられた
アーケードの役割等々を
考え合わせると、
確かにそれも十分に考えられるのです。
しかしそれでも
なおかつ疑問は残ります。
なぜ死ななければならなかったのか?
そして、
どのように「死」に至ったのか?という
謎です。

三つめの解釈:衝撃度大
新しい人生を歩むのでもなく、
「死」に向かうのでもないとすれば、
何なのか?
それこそが「最果て」、
つまり「生」と「死」の境界線ということに
なるのです。

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〔全2巻の各エピソード〕
第1巻
第1回「衣装係さん」
第2回「百科事典少女」
第3回「兎夫人」
第4回「輪っか屋」
第5回「紙店シスター」
「ぼうしのなかみ」
第2巻
第6回「ノブさん」
第7回「勲章店の未亡人」
第8回「遺髪レース」
第9回「人さらいの時計」
最終回「フォークダンス発表会」
「みっつのやくそく」

第2巻の巻末には、本作品の
制作過程について説明されています。
それによると、一話ごとの原作が
小川洋子さんから
執筆者の有永イネさんに届き、
それをもとに漫画が
描かれていったということのようです。
つまり、有永さんも
結末を見通せないまま、
読み手と同じ目線で作品を
編み上げたということになるのです。

漫画版では、そのあたりが
実にうまく表現されています。
そしてテキスト版では
作品の至る所に仕掛けられた「謎」は、
漫画版では伏線として機能し、
終末にすべて回収されるという
しくみです。

キャラクターの造形は
有永さんのオリジナルであり、
テキストでは描き切れていない
各人物の個性が明確になっています。
時系列がめまぐるしく
変化する物語なのですが、
主人公の顔が、
しっかりと描き分けられていて、
読んでいて筋書きから
取り残されることがありませんでした。
何よりもアーケードが
一つの世界として、
温かみを持って読み手に迫ってきます。
「死」を描いた原作を、
これほど人間のぬくもりを持って
描ききる力量には
確かなものがあると感じます。
有永イネという漫画家を、
いっぺんで好きになってしまいました。

小説と漫画は
描かれ方がまったく異なるという
当たり前のことを、
再認識させられました。
本作は、テキスト版と漫画版を、
両方読むべきです。
できればテキスト版をはじめに読み、
アーケードの世界を
自分の脳内で一度しっかりと拵え、
そのあとに漫画版を手にして、
脳内の世界の奥行きを深めるというのが
おいしい読み方といえるでしょう。
ぜひご賞味あれ。

〔コミックス紙媒体について〕
本作品のコミックス紙媒体は
すでに絶版中で、
電子書籍でしか読むことができません。
私は古書を探しました。
本作品は紙で読んだほうが、
そのぬくもりが伝わってきます。

〔有永イネという漫画家について〕
本作品執筆の2012年段階では
どうやらまだ新人のようです。
本作品のあとに、
いくつか作品が出版されています。

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近いうちに読んでみたいと思います。

(2023.3.6)

renategranade0によるPixabayからの画像

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