「森下雨村 小酒井不木 ミステリー・レガシー」(森下雨村・小酒井不木)

日本ミステリ史の礎を築き上げた二人

「森下雨村 小酒井不木
       ミステリー・レガシー」
(森下雨村・小酒井不木)光文社文庫

「森下雨村 小酒井不木 ミステリー・レガシー」

「恋愛曲線」(小酒井不木)
親愛なるA君!
君の一代の盛典を祝するために、
僕は今、
僕の心からなる記念品として、
「恋愛曲線」なるものを
送ろうとしている。
かような贈り物は、日本は愚か、
世界開闢以来、
かつて何人によっても
試みられなかったであろう…。

森下雨村小酒井不木
古典的ミステリ作家の二人です。
今では顧みられることの少なくなった
二人の作家ですが、
日本ミステリ史の礎を
築き上げたといえる二人なのです。

森下雨村は、
江戸川乱歩「二銭銅貨」を発表した
雑誌「新成年」の編集長であり、
横溝正史をして「森下こそ日本の
探偵小説の生みの親」と言わしめた、
とてつもなく大きな存在です。

「丹那殺人事件」(森下雨村)
仕事を辞めようと思っていた
青年・高須のもとに現れた
資産家の老人・戸倉。彼は
南米から日本に帰ってきたが、
誰も知り合いがないため、
友人の甥である高須に、
案内役を依頼したのである。
だが、戸倉は
旅先の旅館から姿を消し…。

その森下が編集者として見つけた
逸材は多数あるのですが、
その一人が乱歩であり、
そして小酒井不木なのです。
「丹那殺人事件」とともに
収録されている随筆
「小酒井氏の思い出」には、
その当時の様子が綴られています。

「小酒井氏の思い出」(森下雨村)
私は早速書を送って、
「新青年」への寄稿を依頼した。
当時の「新青年」は
創刊僅かに二年で、たいして
世間に認められてもいない
青年雑誌であった。
従って東北大学の教授である
小酒井博士が私の依頼を快く
諾いてくれるかどうかと…。

小酒井不木の本業は医師、
そして研究者であり、
その医学研究の傍らで、
随筆の執筆や
海外探偵小説の翻訳などを行い、
探偵小説の普及に貢献しました。
医療ミステリともいえる作品を
数多く残しています。
その代表作が、
冒頭に掲げた「恋愛曲線」、
そしてこの「闘争」です。

「闘争」(小酒井不木)
ある実業家の死は
自殺と結論づけられたが、
「怪しい点がある」という
投書が持ち込まれ、
再鑑定がなされる。
担当した精神科医・毛利は、
自殺と判断するが、
投書の筆跡が自殺者自身の
ものであることに気づく。
そこにはどんな秘密が…。

かなり器用な人物だったようで、
その作品の傾向は
多岐にわたっています。
医療ミステリ以外にも、
海外のミステリの影響が
色濃く表れている作品もあります。
「恋魔怪曲」などは、
涙香や乱歩の「幽霊塔」の香り漂う
素敵な作品です。

「恋魔怪曲」(小酒井不木)
愛し合う晋と勢都子に
危機が訪れる。
勢都子が養女となっている
東雲家の嫡男・保が
帰って来るのだ。
五歳のときに誘拐され、
消息不明の保は
死んだものと思い込み、
生きていれば結婚するという
養父との約束を
勢都子は結んでいた…。

本書に収録されている随筆には、
不木が海外の探偵小説の
愛好家だったことが記されています。
数多く読みふけった探偵小説の知識が、
医学的知見をブレンドさせられ、
不木の脳内で十分発酵し、作品が
次々に完成していったのでしょう。

「科学的研究と探偵小説」
        (小酒井不木)

私は幼い時分から
探偵小説が好きで、
今でも相変わらず
読みふけっている。
いつ読んでも面白い。
ポーやドイルやガボリオーの
探偵小説は常に
自分の座右に置かれてある。
何度繰り返して読んでも面白い。
紐育に留学していた時分…。

医療ミステリだけではありません。
さらには「按摩」のような
怪談物語調の作品、
「虚実の証拠」のようなコント作品も
本書には収録されています。
不木のいろいろな顔を愉しめる
一冊となっているのです。

「按摩」(小酒井不木)
按摩は、
それから彼が恋の敵を殺すに
至るまでのいきさつを
凡そ一時間近くも話した。
さすがの彼も、
もう煙草どころではなく、
段々話が進むにつれ、
好奇心が恐怖に変って、
いわば鷲につかまった雀が、
鷲から懺悔話をきいて…。

「虚実の証拠」(小酒井不木)
「証拠は顔に書いてある」
「おどかしちゃいけませんよ」
「その証拠があるので、お前は
年よりもぐっとふけて見える」
「おや、判事さんは嘘つきね。
さっき、二十五ぐらいに
見えるといった癖に」
「いや、実は四十五と
いいたかったんだが」…。
「虚の証拠」
「たといチョークが
ついていたとて、
僕が書いたとは
限らぬじゃないですか」
「それじゃ、
外の証拠をあげよう。
僕が大野君の死体を検査したら、
その右の拇指と食指に、
黄色いチョークの粉が
ついていたんだ。
立派な証拠じゃないか?」…。
「実の証拠」

日本のミステリの古典というと、
現代では乱歩しか思い浮かばないかも
知れません。
乱歩が巨人だったせいで、
その先に存在していた作家たちの姿が
見えにくくなっているのです。
しかし、もう一つ収められている
随筆には、面白い記述があります。

「江戸川氏と私」(小酒井不木)
江戸川氏は、もう探偵小説は
下火になりはしないかと
いうことを口にしている。
しかし私はいつでもそれを
打ち消して楽観的な見方をした。
氏のように、いわば精巧極まる
作品を生産する人が、
そのような憂いをいだくのは
当然のこと…。

なんと心配性の乱歩を、
4歳年上の不木が
兄貴分のように気遣っているのです。
まだまだ駆け出しだった乱歩を、
先輩・不木が、そして名編集長・雨村が、
しっかりと支えていたからこそ、
「乱歩」という日本ミステリ界の
巨人誕生につながっていったのです。

日本ミステリ史を
一つの流れとして味わうと、
いろいろな側面が見えてきます。
こうした乱歩以前の作品が
もっともっと文庫化され、
安価で手に取ることができるように
なれば素晴らしいと思います。
まずはこのミステリー・レガシーを
十分に味わいましょう。

(2023.3.17)

Smim BipiによるPixabayからの画像

【ミステリー・レガシーはいかが】

【雨村・不木の本はいかが】

created by Rinker
¥3,520 (2026/01/31 16:42:21時点 Amazon調べ-詳細)

【今日のさらにお薦め3作品】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA