「猫と庄造と二人のをんな」「ドリス」(谷崎潤一郎)

ならば文学作品の中で猫とじゃれ合えば

「猫と庄造と二人のをんな」「ドリス」
(谷崎潤一郎)
(「猫と庄造と二人のをんな」)中公文庫

「猫と庄造と二人のをんな」

リリーを譲って欲しい。
前妻・品子からの手紙を見て、
福子は動揺する。
しかし、自分以上に
雌猫・リリーを可愛がる
夫・庄造の態度を見て、
福子は決心する。
福子から強く迫られた庄造は、
品子へのリリーの譲渡に
渋々ながらも応じるが…。
「猫と庄造と二人のをんな」

たとえ猫が好きであっても、家族、
とりわけ配偶者が猫嫌いであれば、
家で猫を飼うことはできません。
私もそう(妻が猫嫌い)なのですが、
もしかしてあなたもそうですか?
ならば文学作品の中で
猫とじゃれ合えばいいのです。
谷崎潤一郎の書いた本作品は、
そんな期待に応える
一冊といえるでしょう。

〔主要登場人物〕
石井庄造
…荒物屋。仕事に対してやる気がない。
 なぜか人から好かれる。
 妻にも母親にも頭が上がらない。
リゝー(リリー)
…庄造の飼い猫。飼われて十年。老猫。
おりん
…庄造の母親。
福子
…庄造の妻。庄造とはいとこどうし。
 元不良娘。
品子
…庄造の前妻。しっかりもの。
 姑・おりんに追い出される。
 離婚後、妹の家の二階に居候。
 リリーを譲り受ける。
初子
…品子の妹。
塚本
…畳屋。庄造と品子の仲人。
 リリーの譲渡を仲介する。

本作品の味わいどころ①
繰り広げられる、猫好きの心理

全編に、猫を可愛がる描写が
次から次へと現れます。
冒頭には、
自分の好物の小鯵の二杯酢を、
時間をかけてリリーに分け与える様子が
微笑ましく描かれています。
そして、一度事情があって
他人に譲り渡したものの、
一ヶ月後にリリーが自力で庄造宅へ
戻ってきた件は涙を誘います。
品子へ譲渡されて以降の描写も
秀逸です。
なかなかなつかずついには家出、
しかし三日後には戻ってきて
品子に愛想を振るリリーの姿も
愛らしいかぎりです。
猫好きにはたまらない場面が
至る所にちりばめられた、
まさに猫好きのための小説です。

本作品の味わいどころ②
谷崎の描く上質な心理コメディ

だからといって、谷崎は猫そのものを
描こうとしているのではありません。
猫を中心に据えながら、
その周りで右往左往している人間たちの
滑稽な振る舞いを描いているのです。
しかも外面的な描写ではなく、
心理的なやりとりを実に巧みに
コメディタッチで描いているのです。
いわば上質な心理コメディと
いうべきものでしょう。

一家の主人でありながら、
その威厳の全くない庄造。
品子に譲り渡した
リリーのことが心配で、
こっそり初子の家の周りを
うろつくあたりは、
笑えるくらいの人間の小ささが
表現されています。
庄造自身は否定しているのですが、
明らかに妻以上に
リリーを愛しているのです。
福子も品子も、リリーを使って
策を弄しているように見えて、
その実、リリーに
振り回されている感があります。
おりんも気丈に
振る舞ってはいるのですが、
やはり小さな存在です。
品子に対しては強く出ていたのですが、
実家の金を握っている福子に対しては
ご機嫌取り。
庄造も福子も品子もおりんも、
すべて猫のリリーよりも卑小であり、
孤独なのです。
絶妙の筆致で描かれている
その心理こそ、本作品の
味わいどころといえるでしょう。

本作品の味わいどころ③
谷崎の実生活との微妙な類似点

さて、福子と結婚するために
品子を捨てる(庄造が
そうしようとしたのではなく、
おりんや福子の父親が
そうさせたのですが)という
シチュエーションは、
何やら谷崎自身の
私生活とも似ています。
最初の妻・千代子を離縁し、
丁未子と結婚した谷崎ですが、
その生活も僅か二年しか
続きませんでした。
そして三番目の妻・松子を
得るに至ったのです。
本作品は、その丁未子・松子・谷崎の
三角関係に酷似する上、
その時期に書かれた作品
(1936年発表、松子との結婚の翌年)
でもあるのです。

なお、本書の巻末解説には、
本作品の登場人物のモデルが
谷崎の一番末の妹・須恵と
その周囲の人物である旨が
書かれているのですが、
筋書きそのものの
下敷きとなっているのは
自身の離婚・結婚に
ほかならないと考えます。

谷崎作品といえば、
官能の色鮮やかな妖しい作品や、
犯罪を扱ったミステリの源流的作品、
異国情緒や異世界の雰囲気の漂う
幻想小説が
真っ先に思い浮かぶのですが、
こうしたコメディを書かせても
谷崎はやはり超一流なのです。
猫好きのあなたも、
そうでないあなたも、本作品を
じっくりと味わい尽くしましょう。

なお、本書には未完成作品の
「ドリス」も収録されています。
こちらも猫小説の一つですが、
美容整形に関わる記述が多く、
最終的に何を描こうとしたのか
不明です。

いつたい
亜米利加の女と云ふものは、
こんなにも技巧の限りを尽くして
美人になりたがつて
ゐるのだらうかと、
さう思ひながら彼はさつきから
「モウション・ピクチュア・
クラシック」の広告欄を
読んでゐた。
膝の上には猫のドリスが…。
「ドリス」

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みなさん、
谷崎文学を味わい尽くしましょう。

(2023.7.27)

Dimitris VetsikasによるPixabayからの画像

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