「白孔雀のいるホテル」(小沼丹)

その結末まで目一杯、夢に満ちあふれている

「白孔雀のいるホテル」(小沼丹)
(「百年文庫029 湖」)ポプラ社

「百年文庫029 湖」ポプラ社

大学生になったばかりのころ、
僕はひと夏、宿屋の管理人を
務めたことがある。
宿屋の経営者のコンさんは、
その宿屋で一儲けして、
いずれは湖畔に真白なホテルを
経営する心算でいた。
何故そんな心算になったのか、
僕にはよく判ら…。

宿屋で一儲けして、
いずれはホテルに…。
そうした経営ビジョンは
ごく自然なものであり、
珍しくはありません。
問題はその宿屋です。
「去年までは二軒長屋」、
「使用人が一人もいない」、
「食事するにも入浴するにも
山の上の店まで
登っていかねば」ならない、
「下の部屋で首吊りが」あった、等々、
いくら戦後間もないころといっても、
そんな宿屋の経営で
ホテルが建つわけがありません。
それを真面目に夢見ている経営者と
アルバイト学生のやりとりが珍妙、
かつ、ほのぼのとしていて、
読むと明るい気分にさせられます。

〔主要登場人物〕
コンさん
…宿屋の経営者。
 白孔雀のいるホテルの建設を夢見る。
 おおらかな性格。

…語り手。大学生。コンさんから
 宿屋の管理人を任せられる。
客第一号(ヨシダ・マモル)
…宿屋に初めて泊まりに来た客。
 大学生。外交官試験の勉強のため、
 宿屋を訪れる。
客第二号(女)(マツコ)
…2番目の宿泊客。宿代が払えないため
 女中として宿屋で働く。
客第二号(男)(アサノ・サブロオ)
…マツコとともに駆け落ちしてきた男。
 同じく番頭として働く。
客第三号(イケダ・ゴロオ)
…3番目の宿泊客。

本作品の味わいどころ①
気宇壮大な夢を語る経営者コンさん

どう頑張っても、
「去年までは二軒長屋」だった宿屋が
繁盛するはずはありません。
ましてやホテル建設にこぎ着けるほどの
売り上げが上がるはずもありません。
それでもコンさんは
壮大な夢を見るのです。

「湖畔に緑を背負って立つ
 白いホテルは清潔で閑雅で、
 ひとはひととき現実を
 忘れることが出来る筈であった。
 そこでは時計は用いられず、
 オルゴオルの奏でる
 十二の曲を聞いて
 時を知るようになっている。
 そしてホテルのロビイで
 休息する客は、
 気が向けばロビイから
 すぐ白いヨットとかボオトに
 乗り込める。
 夜、湖に出てホテルを振返ると、
 さながらお伽話の城を見るような
 錯覚に陥入るかも知れなかった。」

でも、わかります。
空想することは楽しいのです。
最もお金を掛けない娯楽は
「空想」なのです。
本作品が発表されたのは1955年。
高度経済成長が
始まろうとしていた時期であり、
リゾートホテルの登場など
まだまだ先のことでした。

おそらくコンさんもまた
困窮していたのでしょうが、
そのようなことは微塵も見せずに、
めげることなく夢を追い続けるのです。
一夏の宿泊客が4人しかいなくとも、
そしてそれらの客の多くが
宿代を支払えなくとも、
夢を語り続けるのです。
このコンさんという人物の魅力こそ、
本作品の第一の味わいどころです。

本作品の味わいどころ②
無謀な夢に付き合う暇人大学生「僕」

そのコンさんに
乗せられた部分はあるものの、
馬鹿正直に宿屋の管理人を引き受ける
「僕」もまた、のどかで平和な人間です。
もっとも、
宿泊客は合計4名しか来訪しない上、
「食事するにも入浴するにも
山の上の店まで登っていかねば」
ならないのですから、
宿屋の中で彼がするべきことは
全くないのです。
それでも、たとえ一夏とはいえ、
コンさんの夢とも道楽とも
法螺話ともつかない計画の、
協力者として振る舞う「僕」の姿は、
本作品の二つめの
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
宿屋に集まるちょっと変わった面々

前述したように、
一夏の宿泊客はたったの4人。
こんな宿屋を選んで泊まるのですから、
まともな人間で
あろうはずがありません。
客第一号は、気難しく偏屈な
大学生であるということだけで、
この中では最もまともです。
しかし客第二号の男女二人連れは、
駆け落ちしてきたカップルです。
ほとぼりが冷めるまでの
滞在というものの、
所持金はほとんどなし。
結果、番頭と女中として住み込み、
「客」ではなくなるのです。
そして客第三号は、正体不明。
この第三号もまた、
ある事情によって強制退去となる上、
第二号の男女も
思わぬ展開を演出します。
詳しくはぜひ読んで確かめてください。
この、
宿泊客(と呼べるかどうか?)たちの
キャラクターが、
本作品の三つめの
味わいどころとなっているのです。

さて、夢のホテルは完成するのか?
粗筋代わりに掲げた冒頭の一節からは、
「僕」の管理人体験は
この一夏で終わっているようです。
どう考えても実現不可能ですので
当然でしょう。
しかし、本作品はその結末まで目一杯、
夢に満ちあふれているのです。
「いずれは湖畔に
 僕らの夢が美しい形をとって
 結晶するだろう。
 やがて、いつかは……。
 そして僕らは思った。それは
 間違いのないことなのだ、と」

夢のない時代に生きる
私たちの心を潤す絶品短篇です。
ぜひご賞味ください。

〔本作品と同じテイストの作品〕
佐藤春夫の「美しき町」が、
本作品とよく似た味わいです。
こちらは資金もないのに
独創性に富んだ百軒の家を建てて
一つの理想郷をつくろうとした
お話です。
本作品と合わせてご賞味ください。

〔「百年文庫029 湖」収録作品〕
冬の夢 フィッツジェラルド
新月 木々高太郎
白孔雀のいるホテル 小沼丹

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