幕末ならでは、筋書きが激しく展開!
「菊水兵談」(横溝正史)春陽文庫
「菊水兵談」(横溝正史)
(「菊水兵談」)出版芸術社
黒船再来航で沸き立つ金沢に
足を踏み入れた菊水兵馬。
嵐の夜、黒船から小舟で上陸する
一団を目撃した兵馬は、
その一人である
日本人の男を襲撃、
外套と頭巾を奪い取って、
男になりすます。
やがて提灯を持った男が
近づいて来て…。
「第一話 浦賀街道」
〔「浦賀街道」主要登場人物〕
菊水兵馬
…青年浪士。上方から金沢に入る。
黒船から下りた男になりすまし、
男の目的を探ろうとする。
萩江
…金沢の旧家・新庄民左衛門の娘。
勘八
…黒船からやってきた日本人。
萩江に結婚を迫る。
吉田寅次郎
…吉田松陰。敵情視察のために
黒船乗船を試みるも失敗。
金子
…寅次郎の弟子。
黒船乗船に失敗し、命を落とす。
横溝正史にこんな作品があったのか!
ただただ驚くばかりです。
横溝正史は探偵小説だけでなく、
時代物も得意であり、
いくつもの作品を残しています。
しかし本作品は、
人形佐七シリーズのような
捕物帳ではなく、
「髑髏検校」のような
ホラー作品でもなく、
「歴史フィクション」もしくは
「幕末冒険活劇」とでも形容すべき
作品なのです。
天狗を見たという
小平の話を聞きつけた
岡っ引き・常吉は、
頭巾をかぶった
怪しい二人組の侍を尾行するが、
気付かれてしまい、
斬り捨てられる。
後日、小平と常吉の娘・お照が
菊水兵馬のもとを訪れ、
敵討ちの助太刀を
願いに来るが…。
「第二話 妖霊星」
〔「妖霊星」主要登場人物〕
菊水兵馬
…神田お玉が池の千葉道場に
身を寄せる浪人。
吉田松陰救出計画に加担している。
かまいたちの小平
…盗人。井伊大老邸に侵入するが失敗。
桐畑の常吉
…岡っ引き。妖しい二人組を尾行し、
斬り捨てられる。
お照
…常吉の娘。
鬼頭修理
…兵馬と組んで井伊大老邸に侵入。
常吉を斬り捨てる。冷酷な性格。
井伊直弼
…幕府大老。強引な政治姿勢から、
命を狙われることしばしば。
長野主膳
…井伊大老腹心の部下。
お万
…主膳の情婦。
かつて自分に貢いだ鬼頭を捨てた。
文庫本にして
全450頁という大作なのですが、
長編というよりも
連作短編集といった方がいいでしょう。
11作品すべての粗筋と
主要登場人物を掲載しました。
面白さを嗅ぎ取ってください。
外国の金買い取りにより
経済が破綻した幕末の江戸。
そのからくりを暴こうとして
かまいたちの小平が
職人になりすまして金座に潜入。
役人に捕らえられた小平は、
なぜか商人・山城屋の
妾宅へと運ばれる。
不正の臭いを嗅いだ兵馬は…。
「第三話 金座大疑獄」
〔「金座大疑獄」主要登場人物〕
菊水兵馬
…浪人。桂小五郎とともに
金座の不正を暴こうとする。
秋山長門
…金座御金改役。
小栗上野介
…勘定奉行。
山城屋糸平
…ちかごろ力をつけてきた商人。
小栗と結託している。
お万
…糸平の妾。
かつて長野主膳の愛妾だった。
石町の介十郎
…岡っ引き。
腕もあり、思慮分別に富む。
かまいたちの小平
…元盗人。職人になりすまし、
金座に潜入するが捕らえられる。
お照
…亡くなった岡っ引き・常吉の娘。
かまいたちの小平に養われている。
桂小五郎
…長州藩士。
兵馬とともに金座の不正を
調査していたが、京都へと上る。
本作品の味わいどころ①
勢いだけで書き上げたような爽快感
本作品の味わいどころの一つめは、
横溝作品にしては珍しいスピード感と
それに伴う爽快感です。
後年になるほど横溝作品は
おどろおどろしさを重視するあまり、
筋書きの展開が鈍重になりがちでした。
本作品はきわめてスピーディです。
筆に勢いがあります。
昭和16年というと、時局がら
探偵小説が禁じられていた時代です。
人形佐七捕物帳と並行して
このような痛快な時代活劇を
書いていたいたのですから、
横溝正史とは何という
引き出しの多い作家だったかと
改めて感嘆させられます。
山城屋糸平の身辺を調べていた
兵馬と小平は、
その糸平が何者かを
殺害する現場を目撃する。
「鳳凰が三度鳴く時…」という
謎の言葉と名器の鼓を残して
男は息絶える。
どうやら鼓の名手である
糸平の屋敷から
持ち出されたものらしい…。
「第四話 鳳凰の鳴く時」
〔「鳳凰の鳴く時」主要登場人物〕
菊水兵馬
…浪人。山城屋糸平が隠していると
される十万両の裏金を探る。
かまいたちの小平
…元盗人。兵馬と行動を共にする。
お照
…兵馬に思いを寄せている。
山城屋糸平
…幕府の裏金十万両を
隠し持っていると言われる。
お万
…糸平の妾だった。
よりを戻そうと画策する。
山猫銀次
…盗賊。糸平に殺害される。
お万の手下。
むささびの松吉
…盗賊。お万の手下。
糸平を拷問にかけるが…。
そして、いつもはねりに練った
緻密な作品構成が売り物の
横溝なのですが、
この一連の短編については、
全体構成をあまり重視して
いなかったのではないかと思われます。
第三話から第六話までは、
十万両の幕府裏金を巡る
菊水兵馬vs山城屋糸平の
知恵比べとなっているのですが、
それ以外は同じ兵馬が活躍するにしては
繋がりが希薄となります。
第一話はプロローグ的内容なのですが、
第二話はサスペンス、
第七話はミステリ、
第八話は人情ものと、一作ごとに
異なるテイストが愉しめます。
十万両を持って上方へと移動する
山城屋の一団を、
兵馬と小平が追いかける。
二人が乗り込んだ
宮から桑名までの渡し船で、
旅芸人一座の葛籠の中から
猿轡をはめられた女が出てくる。
女はお万であり、
糸平襲撃に失敗したらしく…。
「第五話 十万両旅」
〔「十万両旅」主要登場人物〕
菊水兵馬
…浪人。山城屋糸平を追って
上方へと旅をする。
かまいたちの小平
…元盗人。兵馬と行動を共にする。
山城屋糸平
…幕府の裏金十万両を隠し持ち、
外国と兵器の取引を行おうと
画策している。
お万
…糸平の妾だった。
十万両を横取りしようと奔走する。
老巡礼
…渡船に乗り合わせた謎の男。
市川海老五郎
…花形旅役者。どうやら本物偽物
合わせて三人いるらしい。
その一方で、
兵馬にいじらしい恋心を抱いていた
お照は兵馬の上坂で
置いてけぼりを食って退場、
あれだけ兵馬のために尽くした
かまいたちの小平も
戦乱の激化に伴い静かに退場、
宿敵山城屋や妖女・お万は
あっけなく落命、
登場人物の入退場が激しく、
行き当たりばったり感が拭えません。
これは横溝らしからぬ点です。
乗っていた馬の暴走を
食い止めてくれた兵馬に
心を奪われた娘・梢。
だが、その兵馬は、
兄である天満与力の神保伊織が
追っていた人物でもあった。
大坂に到着した
兵馬・小平の二人は、
山城屋の動きを探っていたのだ。
思い悩んだ梢は…。
「第六話 浄瑠璃船」
〔「浄瑠璃船」主要登場人物〕
菊水兵馬
…浪人。
山城屋糸平を追って大阪に到着。
かまいたちの小平
…元盗人。兵馬と行動を共にする。
山城屋糸平
…幕府の裏金十万両で、
外国と兵器の取引を行おうと画策。
神保伊織
…大坂の天満与力。浪士たちの
不穏な動きに目を光らせている。
神保梢
…伊織の妹。勝ち気な性格。
兵馬に心を奪われる。
源蔵
…神保家の使用人。
ちょんぎれの河蔵
…大坂の小悪人。お万に手懐けられる。
お万
…十万両を横取りするため、
河蔵に仲間を集めさせる。
本作品の味わいどころ②
実在する歴史上の大物人物多数登場
二つめの味わいどころは、
ところどころに登場する
歴史上の実在人物でしょう。
第一話では吉田松陰が兵馬と出会い、
第二話以降では
井伊直弼や長野主膳が暗躍し、
第三話からは桂小五郎が登場、
第九話では、兵馬が西郷隆盛の手紙を
岩倉具視に渡し、それがきっかけで
薩長同盟が成立するという
幕末ならではの人物が登場し、
幕末ならではの筋書きが
激しく展開していくのです。
軍艦の爆破に成功した兵馬は、
桂小五郎の斡旋で、
京都に身を潜めていた。
そこで知り合った
長州藩士・篠塚与惣次は、
「拙者は殺される」と
兵馬に告げた。
美女・菊里と親しくなって
金扇をもらった男は、
その晩に殺されるのだという…。
「第七話 謎の金扇」
〔「謎の金扇」主要登場人物〕
菊水兵馬
…浪人。京都に滞在中。
桂小五郎
…兵馬をかくまう。
新撰組の動向を警戒する。
かまいたちの小平
…元盗人。兵馬と行動を共にする。
山城屋糸平
…幕府の裏金十万両の一部で、
公家の買収を画策中。
篠塚与惣次
…兵馬と親しくなった長州藩士。
何者かに殺害される。
菊里
…美しく憂いを秘めた芸奴。
磯貝数馬・斎藤九十郎・篠塚与惣次の
三人が、金銭を受け取った後に
殺害されている。
佝瘻の男
…謎の男。公家らしい。
お化けのような女
…一眼は潰れ、一眼は飛び出し、
顔一面赤剥げのようになっている女。
時代物は大目に見られていたとはいえ、
人を斬ったのなんのとなれば
当局に睨まれるのでしょうが、
幕末を舞台にし、
尊皇攘夷を前面に出すことにより、
当局の目を上手にごまかすことに
成功したのでしょう。
新撰組から追われている
兵馬と若侍の
二人をかくまったのは、
黒谷に庵を結ぶ尼だった。
若侍の手傷が回復するのを待ち、
二人は庵を後にし、
兵馬は琵琶湖畔へ、
若侍は京都へ向かった。
しばらくして若侍の慚死が
兵馬の耳に届き…。
「第八話 黒谷の尼」
〔「黒谷の尼」主要登場人物〕
菊水兵馬
…浪人。新撰組から追われる。
柴田秋之助
…兵馬とともに新撰組から
追われていた若侍。十七歳。
真木帯刀
…新撰組の隠密的存在。
黒谷の尼
…黒谷に庵を結ぶ尼。
秋之助の身の上を気にかける。
妙椿
…尼の弟子。
萩絵
…秋之助の嫁になるはずだった娘。
藤枝
…長州藩士の連絡係的存在。
本作品の味わいどころ③
菊水兵馬のさわやかなイケメンぶり
そして本作品最大の味わいどころは、
もちろん主人公・菊水兵馬の
キャラクターです。
若くて好男子、剣術に優れ、
学問にも優れ、胆力もあり、
人当たりも柔らか。
お照や(神保)梢など若い娘の心を奪い、
悪人・山城屋糸平からは
好敵手として認められ、
薩長同盟の若者たちからは信頼され、
戦いで傷を負って逃げればかくまわれ、
これだけ暴れ回っても、
誰からも敵対視されない
素敵な人物です。
こうした兵馬の超人的なイケメンぶりを
しっかりと堪能しましょう。
京の町に潜伏している兵馬は、
知り合った梢・愼太郎姉弟から、
兄・結城伊織の
仇討ちの協力を頼まれる。
敵は高徳の僧・鐡牛の寺に
折々姿を現すのだという。
三人が待ち伏せているところに
現れた敵は、
西郷吉之助という人物だった…。
「第九話 名月の使者」
〔「名月の使者」主要登場人物〕
菊水兵馬
…浪人。京都に身を潜めている。
結城愼太郎
…角兵衛獅子の扮装で、兵馬と
接触する機会をうかがっていた。
結城梢
…愼太郎の姉。
兵馬に敵討ちの助太刀を依頼する。
鐡牛
…祥雲寺住職。高徳の僧。
西郷吉之助
…兵馬に手紙を託す。
岩倉具視
…兵馬から西郷の手紙を受け取る。
終盤は横溝も力尽きたのか、
一話分の分量が少なくなって
きているのはご愛敬でしょう。
なんと菊水兵馬の物語は
これで完結ではなく、さらに一年、
「菊水江戸日記」が
連載されているのです。
鳥羽伏見の戦いに参戦していた
兵馬とその一団は、
幕軍を追撃していた。
兵馬は同行していた
若侍・勘三郎の顔色が悪いことが
気になっていた。
民家に逃げ込んだ敗残の将は、
兵馬たちに切腹ではなく
一対一の果たし合いを
申し出る…。
「第十話 鳥羽の兄弟」
〔「鳥羽の兄弟」主要登場人物〕
菊水兵馬
…薩長連合に加わり、
鳥羽伏見の戦いに臨む。
千里
…兵馬が戦場近くで出会った女。
加納勘三郎
…兵馬とともに戦った若い武士。
磯貝荒二郎
…新撰組の一人。
敗残兵として追い詰められる。
実は勘三郎の兄。
和一郎
…勘三郎・荒二郎の兄。千里の夫。
本作品、以前は出版芸術社の
単行本として刊行されましたが、
今年8月、春陽文庫から
文庫本として再登場しました。
春陽文庫からは
「菊水江戸日記」「矢柄頓兵衛戦場噺」が
続いて刊行されています。
横溝生誕120年記念の2022年が終わり、
寂しい思いをしていましたが、
この素晴らしい3点連続刊行には
拍手を送りたいと思います。
春陽文庫には、
絶版となっている金田一耕助シリーズの
「死仮面」を
ぜひ復刊させていただきたいと
願っています。
兵馬が鳥羽伏見の戦いに
身を投じている最中、
江戸では菊水兵馬を名乗る
贋物が現れ、悪逆を働いていた。
官軍とともに
江戸に上った兵馬は、
偽兵馬・土屋大内蔵なる人物を
探索する。
だが、同じく大内蔵を捜す
複数の町人と出会い…。
「第十一話 彰義隊夜話」
〔「彰義隊夜話」主要登場人物〕
土屋大内蔵
…菊水兵馬を名乗り、
江戸で悪事をはたらいていた。
お駒
…芸者。大内蔵を捜している。
露の屋亀八
…幇間。大内蔵を捜している。
蓑虫庵千柿
…老いた町人。大内蔵を捜している。
横溝正史作品は、
まだまだ奥が深いのです。
すべての作品を
味わい尽くしたいと考えております。
(2023.11.24)
〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!
ぜひチャンネル登録をお願いいたします!
(2023.11.28)
〔春陽文庫:横溝正史作品〕
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