権力者にとっては兵卒など駒の一つにすぎない
「雪のシベリア」「氷河」
(黒島伝治)青空文庫

同年兵が内地へ
帰還するというのに、
吉田と小村の二人は残留し、
兵役が一年
延長されることになった。
よく働いていればその報いとして
早く帰れると思っていた二人は、
当てが外れて落胆する。
二人は次第に
兎狩りに熱中していき…。
「雪のシベリア」
いよいよ内地へと
帰還できる日が来た。
負傷兵たちは
喜びながら橇に乗り込む。
橇が出発する直前、
伝令が息せき切って
一通の封筒を持ってきた。
それを読んだ看護長は、
負傷兵たちに
病院へ引き返すことを命じる。
伝令文の内容は…。
「氷河」
これまで幾度か取り上げた
明治のプロレタリア文学作家黒島伝治。
今日の二作品は、
講談社文芸文庫刊「橇・豚群」には
収録されていないものです。
大正期のシベリア出兵での
軍隊の在り方を描いた二作品です。
「雪のシベリア」の二人は、
なぜシベリアに
一年留め置かれることになったのか?
それは彼らが
「扱いやすかった」からです。
内地への帰還が決まった仲間から
二人が浴びせられた一言が痛烈です。
「君等は結局馬鹿なんだよ。
早く帰ろうと思えや、
俺のようにやれ。
誰だって、自分の下に使うのに、
おとなしい羊のような人間を
置いときたいのは
あたりまえじゃないか」。
看護長は気性が荒くて反抗的な者や
仕事を怠ける者を優先して帰還させ、
気が弱く、言いつけたことは
何でもよくこなす二人を残したのです。
「氷河」の負傷兵は
なぜ帰還が延期されたのか?
伝令が持参した封書の中身は、
他の地への一個隊の派遣命令でした。
人員不足のため、
負傷兵は「治療完了」の診断を受け、
軍務へ戻されたのです。
「病気を癒すことにかけては
薮医者でも、上官の云ったことは
最善を尽くして実行する、
上には逆わない、
そういう者の方が昇級は早い。
軍医は、その軍隊のコツを
十分呑みこんでいた。」
両作品とも、
シベリア各地での権力を預かる
看護長の横暴ぶりを描いているのです。
権力者にとっては
兵卒など駒の一つに過ぎません。
使いやすい者を使いやすいように使う、
死んでも換えはいくらでも後から来る。
来ない場合は使えない駒でも
死ぬまで使う。
なんとも非人間的な所行です。
最もこれは大正期のシベリア出兵に
限ったことではありますまい。
いわゆる「ブラック企業」と
呼ばれるものの正体も、
このようなものなのでしょう。
やはり結末は悲劇的です。
吉田・小村の二人は
兎を追い掛けるあまり、
パルチザンに銃殺されます。
新たな戦場へ送り込まれた負傷兵は、
死を覚悟し、
人間らしい感情を失います。
戦争の、というよりは軍隊の異常さを
見事に炙り出した
戦争文学の逸品であり、
自らがシベリア出兵において
看護卒として従軍した黒島にしか
表し得なかった作品であるといえます。
黒島文学の傑作二作品、
冬の読書にいかがでしょうか。
〔青空文庫〕
「雪のシベリア」(黒島伝治)
「氷河」(黒島伝治)
「作品リスト 黒島伝治」
黒島伝治は、青空文庫化が
進んでいる作家の一人であり、
2023年12月現在、
39作品を読むことができます。
少しずつ読んでいきたいと思います。
〔黒島伝治の本について〕
黒島伝治の本は、しばらくの間
すべて絶版となっていました。
ところが2013年になってようやく
単行本「瀬戸内海のスケッチ」が
出版されました。
続いて2017年には
講談社文芸文庫から「橇・豚群」が、
そして2021年には
岩波文庫から「黒島伝治作品集」が
出版されています。
再評価が進むことを願っています。
〔関連記事:黒島伝治作品〕
(2023.12.18)

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