「黄色い顔」(ドイル)

的を外す推理のホームズ、ナイスな一言のワトスン

「黄色い顔」(ドイル/日暮雅通訳)
(「シャーロック・ホームズの回想」)
 光文社文庫

依頼人マンロウの願いは、
妻への疑念を払拭して欲しいと
いうことだった。
彼の妻・エフィーは、ある家族が
近所に引っ越してきて以来、
100ポンドもの大金を
無心したり、
深夜に外出するなど、
不審な行動を取るように
なったという…。

ドイル
シャーロック・ホームズ・シリーズの
短篇作品第15作目となります。
ホームズといえば
すご腕の名探偵であり、
解決できない事件は
一つもないような印象を受けますが、
実は本作品、
数少ないホームズの失敗譚となります。
しかしたとえ失敗であっても
そこはホームズ、そこはドイル、
なんとも爽やかな読後感に
浸ることのできる、
傑作短篇となっています。

〔主要登場人物〕
シャーロック・ホームズ

…探偵コンサルタント。
「わたし」(ジョン・H・ワトスン)
…語り手。医師(元軍医)。
 彼の仕事に同行する。
グラント・マンロウ
…依頼人。裕福なホップ商。
 妻の不思議な行動に悩む。
エフィー・マンロウ
…グラントの妻。グラントとは再婚。
 前夫は病死。
ジョン・ヘブロン
…エフィーの前夫。故人。

本作品の味わいどころ①
冴え渡るホームズの推理

失敗譚とはいえ、
ホームズの推理は冴え渡っています。
依頼人が置き去りにしたパイプから、
「がっしりした左ききの男」
「歯が丈夫」
「細かいことは気にしない」
「金には困っていない」等の
プロファイリングを行うのです。

実際に持ち物一つからそのような情報を
得ることができるかどうかは疑問です。
あくまでも「それが最も可能性が高い」と
いう程度のものであり、
100%であるはずがないのですが、
ホームズの読み取りは正確無比です。
この完璧なキャラクターを
各エピソードごとに
改めて提示することこそ、
ドイルが狙った作戦であり、
それゆえホームズは世界に
ファンを得ることになったのです。
まずは冴え渡るホームズの推理を、
とくと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
的を外すホームズの推理

失敗譚ですから、
ホームズの見立ては的を外すのです。
ホームズは、
依頼人の妻の謎の行動の原因を、
「実は生きている前夫からの恐喝」と
推理します。
依頼人の口から語られる事実を
そのまま解釈すれば、
確かにホームズの推論が
最も確率が高そうです。
これまでの事件では、
あとはホームズがいかに犯人を
罰するかに焦点があてられるのですが、
実は妻の謎の行動は、
事件などではなく、
したがって犯人なども存在せず、
つまりはホームズの見立てが
完全に外れていたことがわかるのです。
その経緯は、
ぜひ読んで確かめてください。
この的を外すホームズの推理を、
次にじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ➂
ナイスなワトスンの一言

事件ではないのですから、
もはやホームズの出番ではないのです。
収拾がつかなくなる可能性のあった
筋書きを、
見事に丸めたのはワトスンです。
彼の一言が最高です。
「なあ、ぼくらはノーベリにいるより
 ロンドンにいたほうが
 役に立ちそうなんじゃないか?」

(ノーベリ=依頼人の別荘のある
ロンドン近郊の田舎)。
さりげない引き際を
上手に演出するワトスン。
英国紳士らしい気の利いた一言を、
最後に噛みしめるように
味わいましょう。

なお、失敗はしたものの、
ホームズはそこから学び取ります。
ワトスンの回想として記される
ホームズの台詞も絶品です。
「ワトスン、
 ぼくが自信過剰ぎみに思えたり、
 事件のための努力を
 惜しむように見えたりしたら、
 そっと「ノーベリ」と
 耳うちしてくれないか。
 恩にきるよ」

つまりは最大級の人情話なのです。
単なる失敗譚ではありません。
あまり有名なエピソードでは
ないのですが、心温まる逸品です。
ぜひご賞味ください。

(2024.8.16)

〔「シャーロック・ホームズの回想」〕
名馬シルヴァー・ブレイズ
ボール箱
黄色い顔
グロリア・スコット号
マスグレイヴ家の儀式書
ライゲイトの大地主
背中の曲がった男
入院患者
ギリシャ語通訳
海軍条約文書
最後の事件
注釈/解説
エッセイ「私のホームズ」旭堂南湖

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私はこの光文社文庫版が一番好きです。

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