ハーディの頭脳の中の「運命の神」は、いったい
「呪われた腕」(ハーディ/河野一郎訳)
(「呪われた腕」)新潮文庫
前夫が再婚するという話を聞き、
冷静さを失うローダ。
彼女は夜、その新妻が
寝室に現れて胸の上に腰掛け、
左手を見せつける
悪夢にうなされる。
夢の中で新妻の左腕を
強く握りしめたローダだったが、
後日会談した新妻の左腕には…。
イギリスの作家・ハーディの短篇です。
これまで当サイトでは
「三人の見知らぬ客」「幻想を追う女」の
二篇を取り上げました。
前者はユーモアにあふれた短篇、
後者は運命の悪戯を描いた作品でした。
本作品はそれらとは異なり、
表題からすでに
おどろおどろしさが漂っています。
〔主要登場人物〕
ローダ・ブルック
…乳搾りを生業とする女性。
主人ロッジから離縁された。
「少年」
…ローダとロッジの間に生まれた
子ども。
ロッジ
…ローダの前夫。酪農場の経営者。
再婚する。
ガートルード・ロッジ
…ロッジの新妻。
腕にできた痣が治らず、悩まされる。
トレンドル
…まじない師。
ガートルードの相談を受ける。
腕が治る方法を授ける。
ディヴィーズ
…絞首人。
ガートルードの願いを聞き入れ、
彼女を刑務所内に招き入れる。
「死体」…死刑囚の死体。
本作品の味わいどころ①
悪夢!新妻の左腕に現れた痣
夢の中で新妻の左腕を
強く握りしめたローダ。
後日会談したガートルードの左腕には、
なんと四本の指で強く握られたような
痣が現れていたのです。
ローダの見た夢は、
単なる悪夢ではありませんでした。
部屋に現れたガートルードの生き霊を
ローダが追い払ったのか、
それともガードルードの寝室まで
ローダの怨念が彷徨い出たのか?
どちらとも取れる内容です。
夢か現実か区別のつかない
生々しい恐怖こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
本作品の味わいどころ②
呪われた腕、常軌を逸する女
その痣は消えることなく、
次第に悪化し、彼女を苦しめます。
迷信など信じなかった彼女は、
その痣を治すため、
怪しげな秘薬、魔除け、巫術の本などを
数知れず集めます。
呪われた腕は、彼女の肉体以上に
精神を蝕んでいったのです。
まじない師トレンドルのもとを
訪れた彼女は、
その呪いを解く方法を授かるのですが、
それはきわめて禍々しいものでした。
若く美しく健全な心と身体を持っていた
彼女が呪いに翻弄される姿こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。
本作品の味わいどころ③
運命の神は何を望んでいたか
そして驚くべき最終場面へと
たどり着きます。
ガードルードが授かった
禍々しい秘術とは何か?
そして彼女の呪われた運命と
ローダ、ロッジ、彼らの息子「少年」は
どう関わってくるのか?
恐るべき最終場面こそ、本作品の
最大の味わいどころとなるのです。
それにしても、彼女たちは
なぜ呪われなければならなかったのか、
理解に苦しみます。
ガードルードは
強引に夫を奪ったわけではありません。
悪人でもありません。
むしろローダやその息子である「少年」を
愛そうとしてさえいたのです。
ローダもまた意図して彼女の腕に
禍をもたらしたわけではありません。
ローダもガードルードにそれほどまでの
憎しみを抱いてはいなかったのです。
ロッジもまた普通の男です。
悪徳経営者などではありません。
それがなぜ三人とも神
の怒りに触れたかのような
仕打ちを受けるのか、
理解に苦しみます。
作者・ハーディの頭脳の中に存在する
「運命の神」は、いったい何を望んで
このような筋書きを創り上げたのか?
その疑問を噛みしめることもまた、
本作品の味わいどころといえるのです。
ハーディの本作品は、
前二作とは異なる怪奇的要素を含んだ
幻想小説でした。
秋の夜長の読書にぜひご賞味ください。
(2024.10.31)
〔「呪われた腕」〕
妻ゆえに
幻想を追う女
わが子ゆえに
憂鬱な軽騎兵
良心ゆえに
呪われた腕
羊飼の見た事件
アリシアの日記
訳者あとがき 河野一郎
解説セッション 村上春樹×柴田元幸
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