「キッドナップ・ツアー」(角田光代)①

数少ない女の子の冒険小説

「キッドナップ・ツアー」(角田光代)新潮文庫

5年生の夏休み第一日目、
おとうさんにユウカイ
(=キッドナップ)された「私」。
おとうさんは
二か月前から家出をしていた。
だらしなくて、
情けなくて、
お金もない
おとうさんに連れ出されて、
「私」のユウカイ旅行が始まった…。

これまで現代作家の「児童文学」の
いくつかの作品を紹介してきました。
そのほとんどが、
事件が起きない「穏やかな日常」を
描いたものでした。
本書はいきなり事件、
というより全編事件です。
しかも誘拐事件。
でも、決して暗くありません。
なぜならお父さんが
娘を誘拐したのですから。
タイトル通り、
少女誘拐旅行物語です。

この作品は、大人の事情が
登場しないのがいいところです。
多分、このお父さんは
離婚するからこんなことを
したのだろうということは
察しがつきます。
でも、作品中には
離婚の「り」の字も出てきません。
お父さんはお母さんに
娘の身柄の引き渡しの
「交渉」もします。
交渉内容は不明です。
身代金ではないはずですが、
離婚後の条件なのか…?
そして、夫婦が
どんな仲だったのかも説明なし。
お父さんがこの事件のあと
どうなったかも語られずじまいです。

つまり、
大人の立場での言い訳は
一切ないのです。
ただただ、娘が父親とともに、
夏休みの短い期間、
一緒に当てのない旅を続けたことだけが
ドラマティックに描かれています。
だからいいのです。
これでいいのです。
これが100%の児童文学なのです。

女の子の、ぶっきらぼうだけど
優しいところが
主人公らしいところです。
存在感のある女の子です。
小学校5年生でありながら、
変に女の子していない、
素直な子どもです。
お父さんにべったりでも嫌うのでもない。
だから父娘の
誘拐旅行が成立しているのです。

そして本作品は、
これまで数少なかった
女の子の冒険小説といえます。
男の子の冒険小説は、
古今東西あまたあります。
「宝島」「十五少年漂流記」
「トム・ソーヤーの冒険」…、
日本だって、
「遠い海から来たCOO」
「鉄塔 武蔵野線」、
その他まだまだ紹介していない良書が
たくさんあります。
でも、
女子の冒険小説が見当たらないのです。
「十五少年」には
なぜか女子が含まれていないし
(少年だから当たり前!)、
せいぜい「トムソーヤー」に
女の子ベッキーが登場する程度です。
文学の世界ではまだまだ
男女平等が実現されていないのです。

中学校1年生の
女子の子どもたちに薦めたい一冊です。
100%の児童文学、
そして史上初(かどうか知りませんが)の
女子冒険小説をどうぞ。

(2018.12.20)

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