文豪の想像力はかくも凄まじいものなのか
「眠れる美女」(川端康成)(「眠れる美女」)新潮文庫
江口老人が訪れた先は、
「すでに男でなくなっている」
老人のみが
迎え入れられる宿だった。
通された一室の隣に設えてある、
鍵のかかる寝室。
そこには全裸の美女が
揺さぶられても
絶対に起きないほどの
深い眠りに落ちていた…。
文豪の想像力は
かくも凄まじいものなのか。
宿はただの売春宿などでは
ありません。
性機能を喪失した
老年男性を対象とした、
薬物で深く眠らされた
処女との一夜の夢を楽しむ
逸楽の館なのです。
江口老人はここで五夜、
計6人の美女(第五夜は2人)と
夜を過ごします(眠るだけ)。
眠ったままの6人を描き分ける
描写も官能の極みであり、
本作品の大きな特徴なのですが、
その紹介は省きます。
それ以上にその6人が
江口老人に想起させる
ヴィジョンこそ、
最大の読みどころでしょう。
乳飲み子の臭いをさせた
第一夜の女は、
彼に子どもたちの幼い頃や、
若い頃に駆け落ちした
恋人を思い出させます。
眠っていても男を誘う力を持った
第二夜の女は、
すでに嫁いだ三人の娘の思い出を
呼び覚まします。
16歳くらいの未成熟な
第三夜の少女のあどけなさは、
彼が中年の頃に出会った
14歳の娼婦の面影と重なります。
大柄で太い首の第四夜の女は、
彼に人の世の
生と死の意味を考えさせます。
そして最後・第五夜の、
色黒の野性的な娘と、
骨細の色白の娘の二人は、
彼に母親の死に様を
思い起こさせるのです。
江口老人は、
自分はまだ老いていない
(彼の性機能は失われていない)
という自覚から、
この宿に訪れる老人たちを
蔑んでいました。
しかし彼はその五夜で、
自らの一生(というよりも女性遍歴か)を
俯瞰しつつ、
老いるということについて
否応なく考えさせられているのです。
彼は精神的に誰よりも
老いているのです。
そして何よりも
深い孤独に包まれていることが
読み取れるのです。
描かれているのは
この宿での五夜だけで、
場所も時間も限定されています。
その中で江口老人の
精神世界とその変容を、
これだけ描出しているのですから
驚きです。
前回取り上げた「片腕」同様、
官能の仮面をはぎ取れば、
そこには閑寂とした孤独な素顔が
砂漠のように広がっている作品です。
日本が誇るノーベル賞作家・
川端康成の驚愕の想像力を
堪能してください。
もちろん大人、それも
老年が見えてきた大人が
味わうべき小説です。
(2019.1.31)