「三十の顔を持った男」(横溝正史)

人間カメレオン、もしくは怪人三十面相

「三十の顔を持った男」(横溝正史)
 (「誘蛾燈」)角川文庫

映画俳優・鮫島は
扮装の妙を極め、
人間カメレオンと呼ばれていた。
社運を賭けて
「三十の顔を持った男」という
企画を発案した東都新聞は、
この鮫島に目をつけた。
変装をした彼を見つけた者に
賞金1万円を
贈るというものである…。

横溝正史にしては、
まったくおどろおどろしくない、
むしろユーモラスな作品として
仕上がっています(それでも
殺人事件が起こるのですが)。

鮫島は1ヶ月間毎日、
素顔を隠し、
東京各地に姿を現す。
その変装を見破って
鮫島を東都新聞まで連れてきたら
賞金1万円を贈呈する。
変装した姿を写した写真を、
翌日の朝刊で発表する。
1ヶ月間、誰も
見つけられなかった場合は
1万円を寄付する。
というような企画なのです。
ところが、
企画開始から1週間後、
鮫島が何者かに殺害され、
その遺体が密かに東都新聞社に
送られてくるという
怪事件が起きたからさあ大変。
東都新聞はいかにして
この窮地を脱するか?

警察に届け出ると、
企画は中止せざるを得ないため、
東都新聞は窮余の一策として
替え玉を使うことを思いつきます。
そこから意外な展開に…。

本作品の読みどころは
なんといっても変装の名手・
鮫島のキャラクターでしょう。
ホームズでも
見分けが困難といわれるほど、
別人になりきるのですから。

探偵小説に変装はつきものです。
ホームズもルパンも
しばしば変装しました。
しかし海外の探偵ものの変装は、
しぐさや表情、話し方等をまねる、
いわば優れた観察力がもたらす
演技のスキルに
重点が置かれていたのです。
判別困難なほどに
別人に扮装するというものでは
ないのです。

ところで日本を代表する
変装名人といえば
もちろん「怪人二十面相」です。
「どんなに明るい場所で、
どんなに近よってながめても、
少しも変装とはわからない、
まるでちがった人に
見える」のですから、
大したものです。
乱歩がこの「怪人二十面相」を
発表したのが昭和11年。
実は横溝が本作品を執筆したのは
昭和12年。
ちょうど一年後なのです。

大正・昭和のミステリーの両巨頭、
乱歩と横溝は
深い交流をしていました。
横溝が「怪人二十面相」に
インスパイアされ、
本作品を生み出した可能性も
考えられます。
そして「二十面相」の向こうを張って
「30面相」的キャラクターを
創り出したのかもしれません
(乱歩はその後昭和27年に
「怪奇四十面相」を発表し、
さらにその上をいっている)。

※動機が弱いことや
 替え玉の設定が安易であることなど
 疵も多いのですが、
 純粋に楽しめる作品です。

※乱歩の「怪人二十面相」の
 アイディアは、
 アメリカの作家・
 トマス・ハンシューの
 「四十面相クリーク」から
 影響を受けているそうです。
 そのうち読んでみたいと思います。

(2019.2.3)

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