「ピクニック・アット・ハンギングロック」(リンジー)①

読み手の心を限りなく不安にさせる

「ピクニック・アット・ハンギングロック」
 (リンジー)創元推理文庫

絶好のピクニック日和、
ハンギングロックに出かけた
アップルヤード学院の女生徒たち。
だが、4人の少女と教師一人が
忽然と姿を消す。
処女の家の一人は
半狂乱になって戻ってきたが、
何があったのか一切要領は得ず…。

すべては謎です。
そう表現するしかない作品です。
ミステリーなのか、
SFなのか、
ホラー小説なのか。
読み終えるまで、いや
読み終えてもなおわからない
作品なのです。

扱われているのは失踪事件であり、
ミステリーといえます。
しかし最後まで何も解決しません。
半狂乱で戻った少女も、
奇跡的に発見された生徒も、
ともに何も覚えていません。
失踪前に少女たちの姿を
最後に目撃した
マイケル・アルバートの青年二人が
クローズアップされていくのですが、
彼らは事件とは
何も関わりがありません。
しかし、徐々に事件に
「組み込まれて」いくのです。

物語終盤には
学院職員が辞めた直後に
謎の火災事故死をする上、
少女の一人が変死体で見つかるなど
事件はさらに続くのですが、
その謎解きは一切ありません。
ただ、起きたことが繋がって
綴られているだけなのです。

失踪した少女と教師は、
それぞれ何かに導かれるように
ハンギングロックに向かい、
姿を消しました。
まるで目に見えない力が
働いているように。
しかし超常現象としての表現は
見当たりません。
SFではないのです。

事件後、
暗雲が漂うアップルヤード学院。
生徒は次々に退学していき、
学院は常によからぬ噂の
対象となるのです。
その中で起きた謎の火災事故。
あたかも呪いのようなものを
感じさせます。
ところが作品中、
神憑り的な失踪事件と
この火災事故以外は
ホラー的要素は薄いのです。

それでいながら、
底の知れない「恐怖」を
読み手に感じさせる作品です。
ハンギングロック(首縊り岩)という
おどろおどろしい舞台と
そこから発せられる神秘的な空気。
通奏低音のように
全編を覆い尽くす不穏な雰囲気。
謎が謎を呼ぶ筋書き。
そして何よりこの作品の正体が
わからないことが、
読み手の心を
限りなく不安にさせるのです。

1967年に発表され、
本書が本邦初出となる本作品。
50年の間、我が国で
注目されなかったのが
不思議なくらいの高い完成度です。
大人の読書本にふさわしい一冊です。

(2019.2.9)

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