「角男」（横溝正史） | ラバン船長のブックセイリング | おかしみの裏側の悲しみが透けて見える作品

おかしみの裏側の悲しみが透けて見える作品

「角男」（横溝正史）
（「横溝正史ミステリ
　　短編コレクション①」）柏書房

「角男」（横溝正史）
（「山名耕作の不思議な生活」）角川文庫

大阪の一流ホテルに、
清朝の王族一行三名が
お忍びで宿泊、五日間の滞在で
豪勢な生活をした後に
失踪するという事件が起きた。
六年前の｢清朝王族失踪事件｣の
片棒を担いだ｢私｣にも、
この事件の真相や
王族の正体はわからなかった…。

横溝正史の、
あまり知られていない初期の作品です。
この一行は、
実は中国貴族を騙った偽物でした。
偽物とはいえ、
ホテルの支払いは済ませてあるので
詐欺事件でもなく、
実際は存在しないのですから
誘拐事件でもなく、
したがってミステリーとは
いえないかもしれません。
しかし横溝ならではの
深い味わいのある作品です。

【主要登場人物】
｢私｣
…上海の商館に勤務していた。
　偽王侯貴族の片棒を担ぐ。
角男
…体中に一寸から二寸の角状のものが
　生えた奇形。見世物小屋にいる。
　実は健常者。
口上いい
…角男の兄。真実を｢私｣に打ち明ける。

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本作品の読みどころ①
一味の｢私｣も知らない真相
語り手の｢私｣はその偽一行の
一人であったにもかかわらず、
首謀者二人は｢私｣にも
その正体を明かさないまま
姿を消しています。
謎を究明する語り手｢私｣は、
犯人でありつつ
探偵の役もこなしているのです。

本作品の読みどころ②
他の作品との関わり
実は本作品、前回取り上げた
｢山名耕作の不思議な生活｣と
関連があります。
山名耕作は極貧生活に耐え、
月給のほとんどを貯蓄し、蓄財します。
あと2ヶ月で目標額が貯まり、
その金で一週間豪遊するという矢先に、
極めて幸運な事件
(不幸ではない)が起き、
それを断念せざるを得なくなります。
本作品は、いわばそのプロジェクトを
実行したものなのです。

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本作品の読みどころ③
底辺の人々の悲しみ
見世物小屋を営む兄と、
そこで見世物になっている醜悪な弟が、
一生に一度の幸福を味わいたいと思い、
実行したものなのです。
｢私｣は偶然の再会から
それを知ることになります。
｢山名耕作｣もそうですが、
おかしみの裏側の｢悲しみ｣が
透けて見える作品となっています。

「山名耕作の不思議な生活」（横溝正史）

山名耕作という人物設定こそ本作品の読みどころ「山名耕作の不思議な生活」（横溝正史）（「横溝正史ミステリ　　短編コレクション①」）柏書房「山名耕作の不思議な生活」（横溝正史）（「山名耕作の不思議な生活」）　角川文庫風変わりな男として知られる山名耕作は、極貧の生活を送っているものの、金をしっかり貯め込んでいるという噂もあった。山名と親しくなった｢私｣は、彼の部屋の開いたままの引き出しからのぞいていた手紙を読む。そこには…。ミステリの巨匠･横溝正史の初期の作品です。この山名耕作という人物設定が、本作品...

貧しい生活から抜け出そうとするとき、
汗水垂らして得た金をどう使うか？
一般には毎日の暮らしを
少しずつでも良いものにしようと
考えるでしょう。しかし、
人生のわずか一時でもかまわないから
他に真似のできない贅沢を
してみたいと願うのも
一つの考え方です。だからこそ、
そこにドラマが生まれるのです。
｢山名耕作｣は昭和2年1月、
本作品は翌3年3月発表です。
一つの素材から、異なる2つの結果を
設定して生み出されたような、
双子の作品のように思えます。
｢山名耕作｣と併せてお読みください。

※似たようなテーマとしては、
　O.ヘンリーの
　｢楽園の滞在者｣があります。
　ぜひこちらもご賞味ください。