「蠟人」(横溝正史)

乱歩「人でなしの恋」を彷彿とさせる作品

「蠟人」(横溝正史)
(「蔵の中・鬼火」)角川文庫

青年騎手・今朝治への
芸奴・珊瑚の想いは、
旦那の知るところとなる。
今朝治は無理矢理
残酷な手術を施された上、
放火犯として収監される。
珊瑚はチブスの病により
光を失う。
珊瑚は今朝治への思いを
断ち切れず、蔵の中で…。

横溝正史耽美作品の中で最高傑作の
一つと考えられるのが本作品です。
珊瑚は蔵の中で何をしていたか?
今朝治そっくりの蝋人形を相手に
仮想の逢瀬を楽しんでいたのです。
それに気づいた旦那は
その蝋人形の顔を叩き壊します。

そのシチュエーションで連想するのは
乱歩「人でなしの恋」
(1926年発表)でしょうか。
そちらは妻のある男が
人形に恋をして
夜ごと睦まじく語り合う、
それを若妻が嫉妬心から
破壊するというものでした。
そのちょうど10年後に
執筆された本作品、
乱歩を意識していた可能性は
否定できません。

「人でなしの恋」は、
男が家に代々伝わる
名人人形師のつくった身の丈三尺
(1m程度)あまりの人形を、
人間の女性に出会う前に
愛してしまったことから始まった
悲劇でした。
したがって、男は人形そのものを、
人間の女性と同じように、
そして妻以上に愛していたのです。
本作品はどうか?

盲目となった珊瑚は、
今朝治そっくりの蝋人形
(といってもただのマネキン人形)を
通して、今朝治への想いを
昇華させていたのです。
盲いても、そして
二度と会うことが叶わなくとも、
彼を愛し続けたのだと考えられます。

ところが最後に、
横溝は読み手を揺さぶります。
「珊瑚が今まで
 愛しつづけていたのは、
 果たして現実の今朝治
 その人だったろうか。
 今朝治のまぼろしそのものを
 彼女は愛していたのでは
 なかったろうか。
 いやいや、ひょっとすると、
 彼女がほんとうに愛していたのは、
 その美しいまぼろしによって
 修飾され、偽装された
 山惣自身ではなかったでしょうか。」

この部分がなければ、純愛物語で
終わっていたのかもしれませんが、
俄然ミステリー色が強くなってきます。
彼女が暗闇の中で
愛したものの本質は
一体何だったのか?
作者が提示した三つの中の
どれかなのか、
それともどれでもないのか?

旦那が今朝治へ施した去勢手術や、
その一方で珊瑚と旦那の間に
できた子どもが
今朝治そっくりであること、
旦那が今朝治の幻と
対峙していたかと思えば実は
本物を殺害していたことなど、
ホラー要素の数多くある作品です。
横溝戦前の傑作短編、
いかがでしょうか。

(2019.3.17)

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