「八十日間世界一周」(ヴェルヌ)②

この4人のキャラクターが読みどころ

「八十日間世界一周」
 (ヴェルヌ/高野優訳)
  光文社古典新訳文庫

80日間で世界を一周する
賭をしたフォッグ、
召使いパスパルトゥー、
教団から救出した美女・アウダ夫人、
刑事・フィックスの一行4人は、
ついに英国本土へと帰還する。
しかし、
フィックスの画策で
予定の列車に乗り遅れ…。

手に汗握る冒険小説である本作品は、
その筋書きだけではなく、
この4人のキャラクターが
読みどころとなっている
ヒューマン・ドラマでもあるのです。

まずは主人公・フォッグ。
すべてが謎に包まれています。
わかっているのは
時間に厳しく几帳面であり、
論理的であること。
感情はまったく表には出しません。
常に冷静沈着、
ある意味、機械的ですらあります。

冷静ではありますが、
決して冷酷な人間ではありません。
自分とは無関係なアウダ夫人を、
生け贄にしようとしている
教団から救出し、
結果的に数々の失敗をしてしまう
パスパルトゥーを
決して責めたりしない。
アウダ夫人が
「感謝にとどまらない思い」を
表しても意に介さないものの、
行為の端々には
それに応える態度が見え隠れする。
感情は表さずとも心は温かいのです。

それでいて行動は大胆不敵です。
乗船予定の船が出航したとみるや、
小型船から海難信号を出して
強引に乗り込む。
貨物船がチャーターできないと知るや、
乗員を金で誘惑し、
船長を船倉へ監禁する。
さらには石炭が尽きると
木造部分をすべて燃やして燃料とする。
不可能を可能にする、
胆力のある人物なのです。

そして召使い・パスパルトゥー。
気は優しくて力持ち。
お人好しなのでフィックスに騙され、
大失態を演じるのですが、
アウダ救出では
機転を利かせて大活躍します。
雇われたその日のうちに
世界一周につきあわされるのですが、
愚痴も言わずに主人を信じ続けます。
名脇役的な立ち位置です。

さらに美女・アウダ。
物語に美女がいなくては
エンターテインメントが
成り立ちません。
フォッグ・パルパストゥーと
同行してからは、
二人を優しく気遣います。
やがてフォッグに
「感謝にとどまらない思い」を
抱き始めます。
これが終末に向けて
物語を盛り上げます。
男二人に女一人。
物語の男女の黄金比率です。

最後に憎めない悪役・フィックス。
極悪人などではありません。
刑事ですから。
ただ融通が利かないだけなのです。
しかし、
同じ堅物でもフォッグとは大違い。
何度も殴られ、損な役回りですが、
彼が冒険物語の
スパイスとなっているのは
間違いありません。

この4人の立ち回りに胸を躍らされ、
上下巻約600頁が飽きることなく
あっという間に読み進められます。
前回も書きました。
ぜひ世界文学史上に燦然と輝く
本作品をお読みください。

※本作品は単なる
 エンターテインメント小説ではなく、
 イギリスの植民地支配を風刺したり、
 文明論的な言及が
 なされたりしています。
 社会の問題提起的側面も
 持ち合わせている作品です。
 そちらについては巻末の解説に
 詳しく述べられています。

(2019.4.23)

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