「下の世界」(筒井康隆)

半世紀前に予言された世界に一歩ずつ近づいている

「下の世界」(筒井康隆)
(「たそがれゆく未来」)ちくま文庫

トオルは今日も
体を鍛えることに余念がない。
トオルの周囲はすべて敵だった。
なぜならトオルが
最も強い肉体を持っているから。
いよいよ明後日には始まる。
この「下の世界」から
ただ一人だけ
上に上がることのできる
競技会が…。

忍び寄る戦争の恐怖を描いた
「あしたは戦争」、
管理社会の歪さを描いた
「暴走する正義」に続き、
崩壊する文明の空しさを描いた
SFアンソロジー「たそがれゆく未来」に
収められた筒井作品です。
ここでは究極の格差社会・管理社会が
舞台となっています。

「下の世界」は肉体労働者が
押し込められている地下空間。
人びとは日の当たることのない世界で、
採鉱に従事し、食糧を配給されて
生きのびているのです。
わずかに日光の当たる「日光浴場」に、
若い男女が裸で集まります。
そこには恋愛感情も
性的欲情もありません。
競技会の敵同士なのです。

競技会は、何千人という若者の中で
勝ち残ったもの一人だけに、
上の世界へ上がる権利が
与えられるというものです。
トオルはその競技会の、
最も有力な優勝候補なのです。

ただし、
上の世界へ上がれるといっても、
そこでの市民権が
得られるわけではありません。
競技選手としての生活が与えられ、
市民を楽しませるというものです。
衰えてきたときには
召使いとしての待遇が待っています。
管理された奴隷であることには
変わりないのです。

終末にはやはり一波乱があり、
トオルは勝ち上がるどころか
出場権を失い、一生下の世界で
暮らすことが確定します。
そこで明らかになる
「上の世界」の人間の実態…。
もはや別の生物種となっているのです。

「上」と「下」では、
交配不可能なまでに
ヒトが分化してしまった衝撃!
筒井特有のドタバタ調は一切なく、
限界の見えた未来世界が
淡々と描出されていきます。
肉体労働はもはや
地下空間での鉱石採掘だけとなり、
頭脳労働は
30年間の教育を受けなければ
従事できないほど高度に専門化し、
精神労働と称される。
多くの仕事が機械化された末の
格差社会の姿です。

700年後の未来としての「下の世界」。
本作発表は1963年。
半世紀前に予言された世界に、
現代日本の格差社会は
一歩ずつ近づいているような
恐ろしさを感じます。

※本作のシチュエーションは
 佐藤春夫の「のんしゃらん記録」を
 彷彿とさせます。
 格差社会が究極化すると、
 貧困層は地下へ
 押しやられるのでしょう。

(2019.5.18)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

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