「三四郎」(夏目漱石)①

三四郎と職工の妻との間には…

「三四郎」(夏目漱石)新潮文庫

東大に合格し、
九州から上京した23歳の三四郎。
彼は大学構内の池のほとりで
団扇を手にした
若く美しい女性・美禰子を
偶然目にする。
友人・与次郎が慕う教師・広田の
引っ越しを手伝うことになった彼は、
そこで美禰子と再会する…。

これで数回目の再読となります。
単純な見方をすると、
本作品はこの三四郎と美禰子の
恋物語ということになるのですが、
簡単ではありません。
何しろ二人のお互いに対する感情は
ほとんど表れないのですから。
現代の恋愛小説を
読み慣れている方からすれば、
どこが恋物語なのかと
訝しがるに違いありません。
本作品の鍵を握っているのは、
美禰子以外の
二人の女性であると私は考えます。
今日はその一人、
冒頭にだけ登場する「職工の妻」に
焦点を当てたいと思います。

「あなたは余っ程度胸のない方ですね」
という強烈な一言を残して
去って行く女性。
上京する三四郎と
同じ汽車に乗り合わせ、
名古屋で同宿し、
間違って同部屋にされる。
迷惑がるどころか、
風呂に一緒に入ろうとする始末。
翌日の去り際の一言は、
日本文学史上に残る名台詞といえます。

学生時代に初読したとき、
この女性の登場部分が
理解できませんでした。
思いきり読み手の気を引いておいて、
その後まったく登場しません。
どこかで再会するものと思いきや、
最後まで音沙汰なしなのです。

この「職工の妻」は、
この一言のために
設定された人物なのでしょう。
つまりは三四郎の人となりを
冒頭で正確に読み手に伝えるためです。

明らかにこの女性は
三四郎を誘惑しています。
一緒に入浴しようとし、
同じ部屋に寝泊まりしたのですから。
にも関わらず、
彼はそれに乗りませんでした。

三四郎がうぶだということだけでは
ないでしょう。23歳ですから。
しかもこの女性は
三四郎好みだったことがわかります。
「色が黒い。
 この女が車室に入って来た時は、
 異性の味方を得た心持がした。
 この女の色は実際九州色であった。」

それなのに
なぜ彼女を受け入れなかったか?

それは彼が学問を志す「文化人」の
端くれだったからだと思うのです。
しかも東大という最高学府の最高機関。
自分の欲望を抑制しすぎるほど
抑制していたのでしょう。
それが最後まで尾を引きます。

目立った事件が起こらず、
粗筋らしいものも存在しない本作品。
しかし三四郎と
周囲の女性との関係を注視すると、
奥深いものが見えてきます。
次回はやはり物語との関連の薄そうな
お光さんとの関係を
見ていきたいと思います。

(2019.7.19)

【青空文庫】
「三四郎」(夏目漱石)

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