「三四郎」(夏目漱石)②

三四郎とお光さんとの間には…

「三四郎」(夏目漱石)新潮文庫

本作品の鍵を握っているのは、
美禰子以外の二人の女性であると
私は考えます。
一人は昨日書いたように、
冒頭にだけ登場する「職工の妻」です。
もう一人は
人物としてはまったく登場せず、
三四郎の母親の手紙にだけ書かれる
お光さんです。お光さんは
三四郎の故郷・九州福岡に住む
幼馴染みであり、双方の家同士が
二人を結婚させたがっているのです。

三四郎の母親の手紙にはこうあります。
「このあいだ
 お光さんのおっかさんが来て、
 三四郎さんが卒業したら
 家の娘をもらってくれまいかという
 相談であった。
 お光さんは器量もよし
 気質も優しいし、
 家に田地もだいぶあるし、
 その上家と家との
 今までの関係もあることだから、
 そうしたら双方ともつごうがよい」

おそらく三四郎が学問を志さず、
故郷に根を下ろし、
小川家の当主として生きていったなら、
お光さんと結ばれていたと思うのです。
そしてこれは
三四郎とお光さんの結婚である以上に、
小川家(三四郎の実家)と
三輪田家(お光さんの実家?
三輪田のお光さんとあるが
三輪田は地名かも知れない)の
結婚なのです。

家と家の結婚。
これは明治以前からの
しきたりとしての結婚であり、
古い価値観に則ったものです。
「器量もよし気質も優しい」のであれば、
人物として優れています。
そして三四郎自身、
九州の女性の方が好みなのです
(何ヶ所かに渡って
肌の色の記述がある)。

それでも三四郎はお光さんとの結婚を
まったく考えていないのです。
東京で一旗揚げようという
気持ちもあったのでしょうが、
それ以上に三四郎は
そうした古い価値観から
決別しようとしているように
思えるのです。

漱石の書いた小説の主人公はみな、
何らかの形で漱石の分身です。
国家や家を離れた
個人としての自己の確立を
強く意識していた漱石です。
こうした家と家の結婚を
否定していたとも考えられます。

「職工の妻」が三四郎の人となり、
というよりも女性観を示すために
設定された女性なら、
「三輪田のお光さん」は
三四郎の結婚観を明示するための
登場人物といえるでしょう。

では、そうした自分の価値観に従って
生きようとした三四郎は
幸せになれるのか?
答えは否です。
そこに明治の文化人たる漱石の苦悩を
垣間見ることができるのです。
次回は本作品の中心となる女性・
美禰子と三四郎との関係を
考えてみたいと思います。

(2019.7.20)

【青空文庫】
「三四郎」(夏目漱石)

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