「坑夫」(夏目漱石)②

本作品をルポルタージュとして読んだとき

「坑夫」(夏目漱石)新潮文庫

前回取り上げた漱石の「坑夫」。
村上春樹は著書「海辺のカフカ」の中で、
図書館職員の口を借りて
次のように述べています。
「あまり漱石らしくない内容だし、
 文体もかなり粗いし、
 一般的に言えば漱石の作品の中では
 もっとも評判がよくないものの
 ひとつみたいだ」

やはり本作品、
漱石作品の中では異色なのでしょう。

さて、本作品は、単なる
ルポルタージュなどではありません、と
昨日書きましたが、
ルポルタージュとして読むと
どうなるか?

ここには日本の労働構造、
つまり詐取される労働者の実態が
実によく描かれています。
「自分」はポン引きの長蔵と出会い、
銅山に送り込まれます。
長蔵の話と違い、現地に着くと
「儲けることはできない」と聞かされます。
でも、おそらく長蔵は
人材派遣の報酬を
受け取っているでしょうし、
同時に経営者はそれで
莫大な利を得ているのです。
現代のブラック企業と根は同一です。

小林多喜二「蟹工船」に代表される
大正期のプロレタリア文学、
そして現代でも先日取り上げた
津村記久子「ポトスライムの船」など、
労働問題を扱った文学は
多々ありますが、
本書はその先駆けと
考えることもできそうです。

しかし、やはり注目すべきは、
学問を修めた坑夫・安との
邂逅でしょう。
安は鉱山で働こうとしている
「自分」にこう諭します。

「ここは人間の屑が
 抛り込まれる所だ。
 全く人間の墓所だ、
 生きて葬られる所だ。」

某大手広告代理店の
若手社員の過労自殺に端を発し、
過重労働に関わる問題が
昨今クローズアップされています。
若者が働く場所が、
「人間の墓所」であっては
決してなりません。
現代にこそ通じる部分だと思います。

「日本人なら、
 日本の為になる様な
 職業に就いたら宜かろう。
 学問のあるものが坑夫になるのは
 日本の損だ。」

職業すべてが世の中の為であり
日本の為であると信じたいのですが、
そうでない現実もあります。
原子力発電のように、
日本を創っているのか破壊しているのか
わからない産業が確かにあります。

村上春樹は主人公・カフカ少年に
次のようにも語らせています。
「『坑夫』の主人公は、
 少なくともみかけは、
 穴に入ったときと
 ほとんど変わらない状態で
 外に出てきます。
 自分で判断したとか選択したとか、
 そういうことって
 ほどんどなにもないんです。
 すごく受け身です。」

職業に就いて働く私たちは、
せめて受け身ではなく、
自らの判断と責任で自分の人生を
選択していきたいものです。

(2019.11.7)

【青空文庫】
「坑夫」(夏目漱石)

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