「天衣無縫」(織田作之助)

どこまでも「天衣無縫」な

「天衣無縫」(織田作之助)
(「天衣無縫」)角川文庫

若いのに爺むさい
めがねの掛け方をする冴えない男と
結婚してしまった「私」。
彼はこともあろうに
友だちの誘いを断り切れずに
見合いの席に遅刻し、
酒まで飲んでくる始末。
彼は気の弱い、しかし
底抜けにお人好しの性格だった…。

冴えない男を描くのが得意の
織田作ですが、
本作品は女性の語り手を設定し、
女性の側から描かれた
「冴えない男」なのです。
では、どれくらい「冴えない」か?

婚約中、文楽を見に行く約束で
デートに出かけたものの、
約束の時間に現れない、
1時間以上も待たされる、
文楽は3日目に千秋楽をむかえていて
閉鎖されている、
その埋め合わせが寄席であり、
笑うに笑えない。
食事に誘われてついていくと、
勘定の持ち合わせがない、
親から金をもらってきたものの
来る途中で同僚に無心されて
貸してしまう、
言い出せなくてもじもじしている、
しかたなしに
「私」が財布から渡してやる。
本当に「冴えない」のです。
女性の立場からすれば、
婚約してしまったことを悔やむのも
当然です。

現代の現実社会であれば、
即婚約破棄でしょう(それ以前に
婚約まで至らなかったでしょうが)。
そこは織田作の世界です。
「へえ?
 軽部君(婚約相手の名)がねえ、
 そんなことをやったかねえ、
 こいつは愉快だ」
(父親)、
「変に小才の利いたきびきびした
 人の所へお嫁にやって、
 今頃は虐められてるんじゃないかと
 思うより、軽部さんのような
 人の所へやる方が、いくら安心か
 分かりゃしない」
(母親)。
「私」の父も母も
おおらか極まりないのです。

もちろん結婚してからも
彼の性格は変わりません。
「私」がしっかり締めようとしても
締まるものではありません。
しかし、織田作はそのように
冴えない男の「冴えない」生き方を
描こうとしたのではありません。

最後に彼が唯一怒った場面が秀逸です。
同僚に金を工面するために
上着やチョッキを質入れして
帰ってきた夫を、「私」は折檻します。
すると、
「あの人にきつく言うと、
 あの人は、そんなことまで
 いちいち気をつけて
 偉くならんといかんのか、
 といつにない怖い顔をして
 私をにらみつけた。
 そして、昼間はひとの分まで
 仕事を引き受けて、
 よほど疲れるのだろうか、
 すぐ横になって、
 寝入ってしまうのでした」

冴えないけれども
だらしないのでもなく
能力がないのでもなく、
どこまでも「天衣無縫」なのです。
最後の場面で胸のすくような思いに
させられる織田作の傑作短篇、
いかがでしょうか。

※天衣無縫
 =性格が無邪気で
  飾り気がないこと、天真爛漫。

※表紙が気に入らないのですが、
 織田作之助の文庫本は
 限られているので
 致し方なく購入しました。
 文豪ストレイドッグスの
 ブームによって
 子どもたちが日本文学に
 興味を示しているのは
 いい傾向なのですが…。

(2019.11.15)

makoto.hさんによる写真ACからの写真

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA