正しく生きることは大切です。しかし
「図書館の神様」(瀬尾まいこ)
ちくま文庫
初めて赴任した高校で文芸部を
顧問することになった「私」。
部員は3年生の垣内君一人だけ。
実は「私」はバレーボール部の
顧問になりたくて
教員を目指したのだった。
国語教師でありながら
文学の良さが分からない
「私」だったが…。
文学に関する蘊蓄があれこれ出てくる
筋書きを期待して読み始めましたが、
本作品は決してそのような
「図書館小説」ではありません。
では本作品の読みどころは何か?
それは三人の男たちと
接することによって再生される
「私」の心の在り方です。
「私」はバレーボール部の
エースとして臨んだ高校3年生のとき、
試合経験の浅い同級生を
傷つけてしまい、
自殺に追い込んでしまいました。
以来、バレーボールから距離を置いた
学生生活を過ごしてきたのです。
そんな「私」の心の氷を
静かに融かしていったのが、
垣内、浅見、拓実の3人なのです。
面白いのは、この3人、
「私」と同じ「何か」を持っているのです。
ただ一人の文芸部員・垣内は、
「私」と同じ「傷」を持つ男子生徒です。
中学校時代は
サッカー部で活躍していたのですが、
練習中に倒れたまま長期入院生活を
送らざるを得なかった友人に対して
強い責任を感じていたのです。
そのためスポーツは楽しむことに徹し、
高校では文芸部を選択したのです。
「私」の不倫相手の浅見は、
「私」と同じ「欠点」を持つ男性です。
一つのことに熱中し、
周りが見えなくなるのです。
彼の料理教室は、その厳しい指導姿勢に
受講生が引いてしまい、
やめていく人が相次いでいます。
そして「私」の弟・拓実は、当然
「私」と同じ「遺伝子」を持っています。
しかし「私」はそれまで
周囲が見えていなかったため、
弟の良さも教師になってから
ようやく気付くことになるのです。
正しく生きることは大切です。
しかしそれが過ぎるあまり、
周囲の人間を息苦しくしていたことに
「私」は気付くのです。
浅見からは
自分の「正しすぎること」の欠点を、
そして垣内からは
それを乗り越えた者の持つ強さを、
拓実からは
正しすぎない人間の持つしなやかさを、
「私」は教えられていくのです。
「私」よりも人生経験を積んでいるはずの
浅見は反面教師、
そして「私」よりも若い垣内と拓実が
大きな影響を与えているのが
面白い設定です。
冒頭で紹介される
過去の不幸な事故以外は、
まったく事件の起きない、
淡々と1年が進行していく
穏やかな物語です。
その穏やかさこそ、
本作品の味わい深さなのです。
瀬尾まいこの癒やしの世界を
味わいましょう。
※文学作品としては
川端康成の「抒情歌」、
夏目漱石の「こころ」「夢十夜」、
山本周五郎の「さぶ」が
登場するのみです。
※本作品の中で、垣内が
「さぶ」の主人公は誰なのかという
疑問を提示しています。
私も一時それを考えたことが
ありました。
こちらに私の見解を
提示しています。
(2019.12.4)