「22世紀を見る君たちへ」(平田オリザ)

多様性の中で生きる能力の育成

「22世紀を見る君たちへ」
(平田オリザ)講談社現代新書

つい先月に出版されたばかりの
新刊本ですが、注意が必要です。
表題からすると
若い人たちに向けた本だと
考えられそうですが、中身は
教育問題(特に大学入試と大学教育の
問題)について論じた内容であり、
教育に関わる人間が
読むべき本なのです。
教育に携わる一人として、
感銘を受けた点が多々ありました。

「教育のことはわからない。
 なぜなら、未来はわからないから。」

ここから出発しているところが
本書の最大の特徴です。
その上で筆者は、
早期の英語教育が本当に必要かどうか、
先般の大学入試改革が
妥当なものだったかどうか、など、
現在の教育改革に
疑問を投げかけているのです。
筆者の論旨は多岐にわたるのですが、
それらを貫いているのは「多様性の中で
生きる能力の育成」ではないかと
私は捉えました。

「こつこつと努力を積み重ねる
 タイプの人間も世の中に
 いてもらわなくては困る。
 しかし努力は苦手だが
 アイデアは素晴らしい人間も
 必要だし、
 その中庸をとる
 コーディネーター的な能力も
 大事だ。」

従来、学校教育では
「努力」こそ最も大切な資質と
教えてきたのですが、
それを疑うことが必要なのでしょう。
一つの尺度ではなく、
多様な尺度で子どもたちの能力を
考えていくべきなのです。

「価値観を一つにする方向の
 コミュニケーションではなく、
 価値観は異なったままで、
 文化的な背景の違う者同士が
 どのように合意形成を
 行っていくかが問われている。」

多様性を認めた上で、
それぞれが持つ価値観のすりあわせと
その結果としての合意形成の
重要性について筆者は説いています。
新学習指導要領でも
「対話的な学び」についての
言及がなされていますが、
文科省のいう「対話的」が
はなはだ説明不足であることを
指摘しているのです。

「さまざまな学力の生徒がいた方が、
 学び合いの機能が発揮されやすく、
 エリート層の生徒にも
 学ぶ力が身につく。」

これまで学力差は
「問題」として捉えられてきましたが、
それを受け入れ、そこから
新しいアプローチを展開することが
重要ということでしょう。
その上で、次のようにも述べています。

「個性を尊重しようとすると、
 実は教育格差が生まれやすい。」
「学校で、まとめて、
 詰め込み教育を行った方が
 格差は生まれにくい。」
「自由と平等は相反するものだ。
 私たちは、この冷徹な認識から
 出発するしかない。」

本書は理想論を廃し、
現実を直視した中から
新しい世紀へとつながる教育の
模索について述べられた一冊です。
今年で21世紀も
20年が過ぎることになります。
私を含めた教育関係者は、「22世紀」を
見据える必要性があるのです。

※冒頭に書きましたが、
 表題は誤解を受ける恐れがあります
 (「22世紀を見る人材を育成する
 あなたたちへ」が、
 内容からすると最も適切な
 タイトルではないかと思われます)。
 さらにカバーの若い女子生徒の
 イラストも問題です。
 明らかに若者を誘導しています。
 若い人が本書を読んでも
 期待外れに終わることでしょう。
 表題については
 著者の責任でしょうが、
 装幀については
 「いかに売り上げを伸ばすか」という
 出版社のさもしい姿勢が
 見え隠れしていて残念です。
 本書の中身が素晴らしい分、
 その気持ちは一層強まります。

(2020.4.8)

Arek SochaによるPixabayからの画像

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