少年の心をわしづかみにするような設定
「迷宮の扉」（横溝正史）
（「横溝正史少年小説
コレクション②迷宮の扉」）柏書房
「迷宮の扉」（横溝正史）
（「迷宮の扉」）角川文庫
嵐に遭った金田一耕助が
一夜の宿を申し入れた
竜神館と呼ばれる屋敷には、
ひ弱そうな少年と、
老人の使用人二人、
そして家庭教師だけが
住んでいた。
彼らが待っていた来客は、
到着した直後、
何者かに撃たれ絶命する。
金田一は…。
横溝正史のジュヴナイルシリーズの
傑作｢迷宮の扉｣。
旧角川文庫緑三〇四-80から95までの
ジュヴナイルのうち
最初の番号80を与えられた本作品は、
際だった特徴を持っていて、
それがそのまま
味わいどころとなっているのです。
【｢迷宮の扉｣事件メモ】
〔捜査関係者〕
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
新井刑事…警視庁刑事。
日下部警部補…所轄署捜査主任。
弘瀬医師…警察医。
金田一耕助…私立探偵。
〔事件関係者〕
東海林日奈児
…竜神館当主。
十四、五歳のひ弱な少年。
左の腰に手術跡。
降矢木一馬
…日奈児の後見人。体格のいい老人。
元軍人。
小坂早苗
…日奈児の家庭教師。二十三、四歳。
姉のような愛情を持つ。
杢衛
…竜神館の使用人。じいや。
東海林月奈児
…海神館当主。日奈児と
シャム双生児として生まれてきた。
降矢木五百子
…月奈児の後見人。一馬と別居した妻。
緒方一彦
…月奈児の家庭教師。二十七、八歳。
山本安江
…海神館の家事担当。
四十くらいの婦人。
東海林竜太郎
…日奈児･月奈児の父。日月商会社長。
不思議な遺言状を残して死去。
東海林昌子
…竜太郎の妻。一馬の妹。
日奈児･月奈児を産んですぐ死亡。
東海林松子･東海林梅子
…竜太郎の二人の姉。故人。
酒井圭介
…竜太郎の甥。松子の息子。
古坂綾子
…竜太郎の姪。梅子の娘。
立花勝哉
…日月商会社長代理。
竜太郎とはかつての親友どうし。
郷田啓三
…竜太郎の元部下。誕生日の使者。
殺害される。
虎若虎蔵
…竜太郎の元部下。
恩田平造
…竜太郎の旧部下。執事。
※柏書房版では｢恩田平蔵｣。
加納美奈子
…双玉荘看護婦。竜太郎に対し、
献身的な看護を果たした。
加納周作…美奈子の父。故人。
高野博士…竜太郎の主治医。
上海ジム
…密輸団のボス。かつて金田一によって
冤罪から救われた。
花井…上海ジムの子分。
〔事件の概要〕
⑴竜神館前で｢誕生日の使者｣殺害される
⑵海神館火災により焼失
⑶金田一耕助の部屋に賊が侵入
⑷日奈児殺害され、美奈子襲撃される
⑸酒井圭介殺害される
⑹月奈児殺害される
本作品の味わいどころ①
金田一耕助が大活躍する少年推理
なんと本作品には
金田一耕助が登場します。
横溝正史のジュヴナイルといえば
御子柴少年と三津木俊助のコンビものが
多数書かれたのですが、
金田一登場の作品もいくつかあり、
その一つなのです。
しかも金田一は冒頭から登場、
最初から最後まで
事件にしっかり関わります。
その割には殺人を食い止められず、
ついには日奈児･月奈児兄弟まで
賊の餌食にされてしまうというあたりも
金田一らしいところです。
大人向け作品なみの
金田一耕助の活躍と失敗こそ、
本作品の第一の
味わいどころとなっているのです。
本作品の味わいどころ②
ジュヴナイルらしからぬ本格推理
乱歩の少年団シリーズが
推理ジュヴナイルの
一つの形をつくってしまいました。
横溝ジュヴナイルもまた
怪獣男爵や百蠟仮面といった怪人が
登場するものがほとんどです。
しかし本作品は
怪人の類いが登場しません。
したがって起こる事件も
財宝の盗難などではなく
連続殺人事件なのです。
少年少女もので
殺人事件(しかも殺害されるのは
読み手と同じ中学生二人)は
どうかとも思うのですが、
これがまた頁をめくる手が
止まらなくなるような面白さなのです。
本作品の味わいどころ③
犬神家並みの血みどろな遺産争い
面白さの秘密は横溝特有の
｢おどろおどろしさ｣が思い切り
前面に出ていることです。
金田一がたどり着いた龍神館
(旅館などではなく、
ただの一個人の屋敷、
名前から強烈)では、
うら若い当主･東海林日奈児の
誕生日の晩餐が開かれようとしていて、
毎年その日は正体不明の人物が来館し、
バースディ･ケーキに
入刀するしきたりになっている。
それだけでもわくわくするのですが、
本作品の設定はさらに入念です。
竜神館は三浦半島の先端に
建立されているが、
房総半島の先端にも
全く同じ構造の海神館がある。
それぞれの館には不思議な
竜神像･海神像がまつられている。
海神館には日奈児と双子の
月奈児がいる。
日奈児と月奈児はただの双子ではなく、
体の一部が結合して生まれた
シャム双生児。
母親は双子を産み落として死亡。
父親は莫大な財産を持ちながらも
ある集団から命をねらわれているため、
姿を隠している。
日奈児の後見人の降矢木一馬と
月奈児の後見人の五百子は
元夫婦だったが今は憎しみあっている。
二人の父親が死亡し、
遺産は遺書に記された
二人のうちの一方にすべて贈られる。
その遺書は一年後でなければ
開封できない。
もしその一方が死亡した場合は
残った一方に贈られる。
両方とも死亡した場合は
看護婦･加納美奈子に
そのすべてが贈られる
(まるで｢犬神家｣そのもの！
なんと関係者には松子･梅子も)。
とまあ、当時の探偵小説に
はまっていた少年の心を
わしづかみにするような設定が
ずらりと並ぶのです。
残念なことに、終盤の謎解き部分は
横溝作品らしからぬお粗末さです。
推理小説としては禁じ手のような
犯人(集団)設定、不明瞭な動機など、
幾多の傑作群からすれば、
事件設定に必然性が
感じられないものとなっているのです
(そこがジュヴナイルの限界か)。
しかしながら、
本作品が角川文庫に登場したとき、
中学校一年生だった私は
むしゃぶりつくようにして
読んだ記憶があります。
それまで明智小五郎に傾倒していた私が
金田一耕助に移行する
きっかけとなった作品なのです。
少年の心に戻って再読するなら、
きっとかつてのわくわく感を
思い出せるはずです。
一度読んだ方に再読をお勧めします。
（2020.8.23）
〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ！
ぜひチャンネル登録をお願いいたします！
（2024.5.29）
〔追記〕
※本作品は、2021年8月発売の
柏書房刊
｢横溝正史少年小説コレクション②｣に
収録されています。
アイキャッチ画像も
そちらに変更しました。
〔柏書房｢横溝正史少年小説
コレクション②迷宮の扉｣〕
仮面城
金色の魔術師
迷宮の扉
燈台島の怪
黄金の花びら
（2021.8.6）
〔追記〕
※2022年7月に、角川文庫から
｢迷宮の扉｣が復刊されます。
ジュヴナイル初の復刊となります。
楽しみです。
（2022.6.12）
〔追記〕
買いました。復刊｢迷宮の扉｣。
表紙絵は全く同じです。
（2022.7.25）
〔横溝正史少年小説コレクション〕
〔角川文庫･横溝ジュヴナイル〕
〔関連記事：横溝ミステリ〕
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