「森鷗外全集5」(森鷗外)

ぜひ復刊してほしい、魅力あふれる一冊

「森鷗外全集5」(森鷗外)ちくま文庫

「大塩平八郎」
策の施すべきものが無い。
しかし理を以て推せば、
これが人世必然の勢だとして
旁看するか、
町奉行以下諸役人や市中の富豪に
進んで救済の法を講ぜさせるか、
諸役人を誅し富豪を脅して
その私蓄を散ずるかの
三つより外あるまい…。

ちくま文庫刊の「森鷗外全集」。
全14巻ですが、この第5巻までが
短篇作品集であり、
私はすべて所有しています。
中でもこの第5巻が
名作「高瀬舟」「山椒大夫」を収録した
読み応えのある一冊となっています。

「堺事件」
幕末の混乱期、
仏海軍水兵20名が
堺市内で迷惑行為に及ぶ。
堺を預かる土佐藩士が
事態収拾のため出動する。
両軍衝突の結果、
水兵11名が命を落とし、
発砲した藩士20名が拘束される。
フランスは関係者の処罰を
強硬に要求する…。

「安井夫人」
背が低く色黒で
醜男かつ片眼の仲平に
嫁を取らそうと、
父・滄洲翁が目を付けたのは、
仲平の従妹にあたる
二十になるお豊であった。
お豊はその縁談を断るが、
妹・お佐代が
自ら嫁入りを申し出る。
お佐代は十六で、
器量良しだった…。

歴史に題材をとった
作品が多いのですが、
鷗外はことさら脚色を施して
読み手の感動を誘ったり、
登場人物の性格をデフォルメして
ドラマチックな筋書きを演出したりは
しません。
極めて冷静な視線で
史実と対峙しているのです。

「山椒大夫」
父親を訪ねての旅の途中に、
一家は人買いに騙され、
幼い安寿と厨子王の姉弟は
越後の分限者・山椒大夫に
奴隷として売られる。
安寿は汐汲み、
厨子王は芝刈りの仕事に
明け暮れるある日、
安寿は厨子王を逃がし、
自らは入水する…。

「魚玄機」
器量のよい少年・陳と
逢瀬を重ねていた
美人女性詩人・魚玄機は、
陳が自分よりも醜く
何の才能もない使用人・緑翹と
思いを通わせているのでは
ないかと疑い始める。
猜疑心は怒りへと変わり、
ある日、彼女は
緑翹を絞め殺してしまう…。

ここからの三作品、
「じいさんばあさん」
「最後の一句」「高瀬舟」こそ、
後期の鷗外作品の傑作です。
深い情感と味わい、
鋭い問題提起、
そして格調の高い日本語。
明治の日本文学の神髄が
ここにあると思うのです。

「じいさんばあさん」
ある隠居所で
一組の老夫婦が暮らし始める。
二人は仲睦まじい中にも
互いに礼節を忘れず、
そしてつつましやかに
生活していた。
夫の名は伊織、七十二歳。
妻はるん、七十一歳。
その夫婦生活は、実は
三十七年ぶりのものであった…。

「最後の一句」
海運業・太郎兵衛の船が難破し、
積み荷の半分を失う。
残った荷を
売りさばいた船頭から、
得た金を再建資金へと
持ちかけられた太郎兵衛は、
良心が曇り、それを了承する。
事が露見し、
太郎兵衛は死罪へ。
それを知った長女いちは…。

「高瀬舟」
高瀬舟護送役の同心・羽田は、
これまで見たことのないようすの
罪人に立ち会う。
唯一の肉親である弟を
殺害した咎で島送りになる
喜助である。
これだけの罪を
犯したというのに、
その顔は晴れ晴れとしていた。
羽田は喜助に尋ねる…。

鷗外作品には
難解なものも少なくありません。
「山椒大夫」や「寒山拾得」は
鷗外が何を言いたいのか、
私にはよくわからなかった作品です。
わからないからこそ、
折を見て再読してみようという
気になります。

「寒山拾得」
官吏である閭は、
任地へ旅立つ直前、
頭痛に襲われる。
どこからともなく現れた
豊干(ぶかん)と名乗る乞食坊主が
彼の頭痛を治す。
豊干に尊敬の念を抱いた閭は、
豊干に出身地台州の偉人を問う。
豊干は「寒山と拾得」と答える…。

「玉篋両浦嶼」
竜宮で暮らす浦島太郎は、
地上の夢を見たことにより、
眠っていた人間としての
血が騒ぎ出す。
ついには乙姫に別れを告げ、
地上へ舞い戻る決心をする。
故郷の浜に辿り着いた彼を
待ち受けていたのは、
もう一人の浦島太郎だった…。

「日蓮聖人辻説法」
進士善春と妙は
愛し合っているが、
日蓮を敵視している
善春との仲を、
妙の父・比企能本は認めない。
善春は辻説法を行う日蓮に対し
禅問答を挑むが、
日蓮は蒙古襲来の
兆候のあることを述べ、
善春を説き伏せる。
居合わせた能本は…。

最後の三作品「玉篋両浦嶼」
「日蓮聖人辻説法」「仮面」は、
鷗外作品には珍しい戯曲です。
特に前二作品には
戦争の影がちらついていることもあり、
いろいろな読み取りができる
作品となっています。
新潮文庫や角川文庫には
収録されていない作品であり、
また青空文庫にも未収録であるため、
なお貴重です。

「仮面」
医学博士・杉村のもとに、
医学生・山口栞の姉が訪ねてくる。
検査結果について
「結核ではあるまいか」と
不安に思ってのことだった。
杉村が心配のない旨を伝えるが、
山口本人は
杉村が席を外した折に、
自分の検査結果を覗き見る…。

個人全集というと
箱入りハードカバーで高価であり、
さらに小説以外の書簡や評論まで
収録されているため、
なかなか手を出せません。
このちくま文庫版全集であれば、
前述した通り、第5巻までで
鷗外の短篇すべてに
接することができるのです。

ところが残念なことに、
現在第1巻第4巻以外は絶版中。
ぜひ復刊し、いつでも欲しい人が
入手できるようにして
もらいたいものです。

(2021.7.20)

Reimund BertramsによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】
①現代作家の短篇です。
 「しいちゃん」(椰月美智子)

②昭和の短篇作品です。
 「兵隊宿」(竹西寛子)

③SFの短篇です。
 「完璧な侵略」「博士の粉砕機」
 (今日泊亜蘭)

【青空文庫】
「大塩平八郎」
「堺事件」
「安井夫人」
「山椒大夫」
「魚玄機」
「じいさんばあさん」
「最後の一句」
「高瀬舟」
「寒山拾得」

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