「骨」(有島武郎)

必死に生き抜いている若者の姿

「骨」(有島武郎)
(「百年文庫078 贖」)ポプラ社

「骨」(有島武郎)
(「カインの末裔」)角川文庫

とうとう勃凸は
四年を終えないうちに
中学を退学させられた。
学校というものが
彼には理解できなかったのだ。
教室では
飛行機を操縦するまねや、
活動写真の人殺しの
まねばかりしていた。
勃凸にはそんなことが
唯一の興味だった…。

粗筋ではなく、
冒頭の一節を抜粋してみました。
大きな筋書きがあるわけではなく、
「私」が見た、一人は
「不良青年の極印」を押された勃凸、
もう一人は
「黒表(ブラックリスト)」の人間と
見なされたおんつぁん、
その二人の寂しい男の
悲しくもおかしみのある生き方を
描いているのです。

書き出しを一読してわかるように、
勃凸はいわゆるはみ出しものです。
それゆえ、父親から
家を追い出されてしまいます。
そんな勃凸にとって、
おんつぁんは兄、もしくはそれ以上の
父親のような存在なのです。
そのおんつぁんは
どうやらアナーキストなのでしょう。
貸本屋を営んでいた頃には
危険な書物(社会主義関係か)も
扱っていたのです。

勃凸とおんつぁん。
ともに社会では上手く
生きてはいけない二人なのですが、
両者にはちがいがあります。
おんつぁんは一人で
生きていこうとしているのです。
アナーキストとしての
強さを持っています。
一方、勃凸は誰かに
すがりついていないと
生きていけないように見えます。

すがりつくべき実の父親からは
殴られた上に勘当されます。
頼るべきおんつぁんは
一人でふらふら放浪し、
勃凸をかまってはくれません。
そして愛してくれるはずの母親は…、
すでに「骨」となっているのです。
支える者のない、
何とも不安定な境遇なのです。

では、「私」はどうか?
「私」はあくまでも、
この両者から距離を置いています。
「私」はおそらく
有島自身なのでしょうが、
勃凸とおんつぁんの
両者の痛みに共感しつつ、
しかし自らの手は
差し伸べていないのです。

だからこそ、
社会的弱者である勃凸の人間的魅力が、
作品の中で
浮き彫りになっているといえます。
母親の「骨」は、
唯一自分を支えうるお守りとして、
蟇口の中にいつも携帯していました。
ところがそれすら紛失してしまう
愚かさと悲しみが何ともいえません。
弱いながらも必死に生き抜いている
若者の姿が鮮やかな筆致で
描かれているのです。

有島武郎の死の直前に発表された
本作品。
素朴な味わいのある逸品です。

※表題「骨」は
 「こつ」と読むのだそうです。

※調べてみると、
 本作品は実在の人物を
 モデルにしているとのことでした。
 勃凸は「十文字仁」、
 おんつぁんは「田所篤三郎」なる
 人物だそうです。
 また、作品中にある
 「大乱痴気」事件も、
 「大正11年9月22日、
 札幌署高等係は貸本屋に踏み込み、
 文書を押収、出版法違反で
 田所篤三郎以下数人を引致」と
 記録が残っています。

※角川文庫版「カインの末裔」にも
 収録されていますが、
 こちらは絶版となっています。

(2022.3.23)

James WheelerによるPixabayからの画像
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「骨」(有島武郎)

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