「まっしろけのけ」(有吉佐和子)

有吉作品もまた、時代を超えて受け継がれるべき

「まっしろけのけ」(有吉佐和子)
(「女体についての八篇 晩菊」)
 中公文庫

日本舞踊を習っている
大学生・耀子は、
初舞台の楽屋で
顔師の源吉と出会い、
その技術に感銘を受ける。
その後、耀子は自らが所属する
サークルの学生芝居に向けて、
源吉に顔師講座を依頼する。
しかし
他の部員の賛同を得られず…。

顔師」というのは、
日本舞踊や歌舞伎の出演者の、
塗り化粧を施すための職人です。
簡単なように見えて、
白粉を塗ることすら
素人には難しいのです。
耀子のサークルも初めての試みであり、
「その日塗って白粉がつかない
騒ぎになったらどうしよう」という
問いかけに対し、源吉は
「十中八九、つきませんよ」と
淡々と答えるのでした。
それ故の「顔師講座」だったのです。

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ところが耀子一人で、しかも短期間で、
その技術の基礎を習い、
学生芝居に間に合わせることなど
不可能なのです。
しかも顔師を雇うとすれば、
予算の数倍もの金額が必要となります。
源吉は大学生であるにもかかわらず、
伝統芸能をなんとか学ぼうとしている
耀子の姿に共感し、
無料で学生芝居の出張顔師を
引き受けるのです。
そこからの筋書きには、
大きな事件のようなものはありません。
しかし、考えされられる部分が
いくつか現れます。

一つは、耀子の師匠・華舟の感想です。
「どの顔も、恐ろしくしおったれた
 表情をしていた」

しかし耀子については
「数段上出来」であり、その理由は
「顔が美しいというのは、
 舞台では腕が出来ねば
 現れることではない」

つまり技巧はまだまだ未熟であれ、
他の学生とは異なる何かが
身についていたということなのです。

一つは、
耀子自身の手応えと気づきです。
「源吉という既に命枯れたような
 老人の平和な顔を
 見守っているうちに、
 古典を強く肯くことが
 できるようになった」

そして作者はこうも綴っています。
「源吉が習い覚えた
 技術の手順や修業の法は、
 これ以後に伝えられることは
 恐らくあるまいが、
 耀子に語った源吉の声は、
 世世の生命の流れのように
 耀子の体に
 流れ込んでいる
に違いない」。

そして一つは、源吉の想いです。
耀子に何かを伝えたことを
しっかりと実感できているのです。
「それは老体を嘆く
 裏付けなど持たず、
 若さへの憧憬も羨望も持たない、
 謂わば生命の長距離レースで
 第二走者に鮮やかに
 バトン・タッチされた
 第一走者の憩であった」

本作品が書かれたのは1956年、
今から60年以上も前のことです。
その時代でさえ、
伝統芸能やそれに関わる技能・技術の
継承は難しい問題だったのです。
現代ではなお一層の困難が伴う、いや、
すでに不可能の状態に
あるのかも知れません。

古典芸能に材をとった
有吉佐和子の初期の作品です。
執筆時、有吉は25歳。
主人公・耀子と近い年齢です。
有吉自身が、
伝統芸能の行く末に不安を感じての
問題提起だったのかも知れません。

読者を惹きこむ
多くのベストセラー小説を発表した
有吉佐和子の、味わい深い逸品です。
ところが有吉の文庫本短編集には
収録されていないため、
文庫本で読むことができるのは
本書だけのようです。
有吉の作品もまた、
時代を超えて受け継がれるべき
文学でありながら、その継承に
困難を来しているようで、
残念に思えて仕方がありません。
ぜひご一読を。

〔本書収録作品一覧〕
美少女 太宰治
越年 岡本かの子
富美子の足 谷崎潤一郎
まっしろけのけ 有吉佐和子
女体 芥川龍之介
曇った硝子 森茉莉
晩菊 林芙美子
喜寿童女 石川淳

(2022.5.23)

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