「サッカーボール型分子C60」(山崎昶)

四半世紀ぶりに再読してもやはり面白い

「サッカーボール型分子C60」
(山崎昶)講談社ブルーバックス

「C60」といっても
蒸気機関車ではありません。
炭素がサッカーボール型に並んだ分子
「C60」です。

そういっても化学に興味のない方には
何のことやらだと思います。
1985年に偶然発見されたこの物質、
1990年代に私は知ったのですが、
専門書も少なく、
ネットによる情報も限られ、
なかなか全体像を知ることが
できませんでした。本書は、
そのようにやきもきしていた中の
1997年になって刊行された
貴重な一般向け書籍なのです。
早速飛びついた記憶があります。

約四半世紀ぶりに再読しましたが、
やはり面白い記事でいっぱいです。
内容的には
いささか古びているのでしょうが、
ふだん化学に縁遠い方でも
十分に楽しめる一冊となっています。

【本書の構成(章立て)】
第Ⅰ部 フラーレンの発見
第1章 新しい炭素分子C60発見の衝撃
第2章 フラーレンの予言者は日本人
第Ⅱ部 五色の炭素
第1章 赤い炭素
第2章 黄色い炭素
第3章 青い炭素
第4章 白い炭素
第5章 黒い炭素
第Ⅲ部 フラーレンと炭素の仲間たち
第1章 フラーレンは
    どのようにできるのか?
第2章 “サッカーボール”の仲間たち
第3章 夢があるフラーレンの応用
第4章 ダイヤモンド
第5章 グラファイトとカルビン
第6章 炭素繊維
第7章 アモルファスな炭素
    ―無定形炭素

素人でも楽しめる本書の面白さ①
難しい理論や化学式を出していない

章立てを見ても解るように、
第Ⅰ部ではフラーレン発見に関わる
エピソードを中心に、
素人でも興味がわくような
工夫がされています。
難しい理論にはあえて踏み込まず、
「炭素は黒いもの」という常識を
覆しながら展開する第Ⅱ部も
読み応えがあります。
自然科学の本は、難しい内容を
さらに難しく表現することが
多いのですが、本書は違います。
表現は極めて「平易」です。
中学生でもなんとか読めます。
高校生ならなおさら理解できます。
これで化学や科学に興味を持つ方が
増えるのなら素晴らしいと思います。

素人でも楽しめる本書の面白さ②
日常生活や文学と結びつけた
素敵な解説

本書のわかりやすさは、
「表現が平易」なだけではありません。
ところどころに日常生活や文学に
結びつけた解説がなされ、
まったく堅苦しくないのです。
第Ⅱ部では習字の時間に
誰しもが使った炭や墨汁、
その高級品種「紅花墨」が
紅花の種子からの炭素であることを
取り上げています。そこでは
墨作りの老舗「古梅園」の話から始まり、
その起源である中国での墨の製法、
平賀源内の書物、
そしてそれにまつわる和歌、
「左近の梅」の逸話、
中国北宋時代の蘇東坡の試みなど、
話題は化学の範疇を外れまくり、
縦横無尽に広がっていきます。
著者はかなりの博識なのでしょう。

素人でも楽しめる本書の面白さ③
未知の分野を取り扱った
パイオニア的内容

本書が執筆された1997年は、
まだまだフラーレン研究が
緒に就いたばかりの時期です。
したがって本書の内容も
「わかっていること」よりも
「これから解明が期待されること」に
重点が置かれているのです。
当時読んだときには夢が
広がっていくことを実感できました。
そして現在再読すると、
逆に「これらのうち、現在
解明されているのはどれだろう」という
視点で読むことができました。

ちなみに第Ⅲ部第1章で、
C60のでき方についての
1997年当時のいくつかの試みについて
書かれているのですが、
それについては
十分に解明されたのでしょう、
YouTubeには
「平面分子からサッカーボール分子
(C60)が組み上がる映像」なるものが
見つかります。

ブルーバックスのような
自然科学の専門図書は、
時間とともにその鮮度が
落ちてしまうものが多いのは
仕方のないことです。
しかしその中にも、
十分楽しめるものもあるのです。
このフラーレンC60については
高校の化学基礎の教科書に
既に掲載されています。
高校生に、そしてもう一度
化学を学び直したい大人のあなたに
お薦めしたい一冊です。

(2022.5.25)

Dean SimoneによるPixabayからの画像

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